15

 東堂くんが何かを言い出すとき、タイミングというものを期待してはいけない。内容は言わずもがな。突拍子もないことを言い出すのは日常茶飯事だ。

「よし。ファミレスに行こう」

 だから放課後に掃除をしながらそう言われた時も大して驚きはしなかったし、いつもの気まぐれだろうと思っていた。駅前のファミレスは学校帰りの中高生でごった返していて、あまりゆっくりできる環境とは言いがたかったけれど、放課後に寄り道をするということ自体が高校生活三年目にして初体験な私にとっては充分新鮮なものだった。東堂くんと二人で出かけるのも初めてだし、これはいわゆる一般的に言われるところのデートなんじゃないかとか勝手にドキドキしてしまう。
 店員に「お二人ですか?」と聞かれただけでどきりとしながら、案内された席に座る。メニューを適当にながめて季節限定の苺パンケーキを頼んだ私とは対照的に、東堂くんはドリンクバーだけを頼んで店員が去ると席を立った。ドリンクを取りに行っただけかと思いきや私の分の水も入れてくれていて、ありがとうと礼を言うとああ、と東堂くんにしては珍しいどこかぎこちない返事が返ってきた。
 そういえば東堂くんがファミレスにわざわざ誘ってくれた理由がまだ聞けていない。部活はオフだから構わないと言っていたけど、特に何も意味なく東堂くんが私を誘うことはないはずだ。いくら隣の席でそれなりに話すといっても、大して深い関係じゃないのだから。

「今日は、その…どうしたの?」
「いや、そう固くなることではないのだが」

 ドリンクバーの紅茶を一口すすってから、東堂くんは私をまっすぐに見据えた。その真剣な表情に息が詰まる。

「その…好きなのだろう?」
「へっ!?」

 いきなりとんでもないことを聞いてきた東堂くんは、「言わなくてもわかっているぞ」と言いたげに腕を組んでうんうんと頷いている。え、気づかれてた? 新開くんだけでなく、東堂くんにまで? 東堂くんにバレてたらもう私がこうして悩んでいる意味がほぼなくなる気もするというかまだ心の準備が何もできていないのにどうすればいいんだろう? いや、東堂くんのことだからあっさりスルーしてくれるという可能性も―――

「確かに競争率が高く苦しいのはわかるぞ。だが、諦めていてはいかなる勝負においても勝てるわけがない」
「? そ、そうだね…」
「だからこの山神が応援してやろう!」

 応援? 私が東堂くんのことを好きだとわかっていて応援って何? クエスチョンマークで埋め尽くされた私の脳内は完全に混乱していた。

「あいつは向けられる好意には鈍感な奴だからな」
「え?」
「だがチームメイトとしても友人としても隼人は信頼できる男だ。キミが惚れるのも無理はないな」
「ええ?」

 冗談かと思って東堂くんの顔を見ると、屈託のない笑顔でぽんぽんと肩を叩かれて「大丈夫だ」と励まされた。私にとって何も大丈夫なことはないんですけど。私が新開くんを好きと勘違いされる理由も全くわからないし、私はその新開くんにすぐバレてしまったくらいにわかりやすく東堂くんのことが好きなわけで。

「と、東堂くん。私は新開くんのことそんな風には…」
「ハッハ、照れるな照れるな! このスリーピングビューティー東堂のアシストがあればどんな困難な相手であろうと陥落させることは容易いぞ!」
「えっと…」

 その「困難な相手」、東堂くんだよ。私が好きで好きで仕方ないのは東堂くんしかいないし、元気がないように見えるとしたらそれは東堂くんの特別になれないからだよ――そう言えたらどんなにいいだろうと思いながら、ただ東堂くんの言葉を、聞き流していた。

「土曜日のことならあれは別に、勘違いというか」
「ん? …ああ、隼人は変なところで子供っぽいからびっくりしただろう。だがオレが確信したのは何もあのことだけがきっかけじゃない。ちゃんと理由がある」
「え…」

 常に自信満々で猪突猛進なイメージのある東堂くんだけど、理論武装はそれなりにきっちりとする人だ。私の恋愛話(誤解だけど)という少しイレギュラーな今回の場合であっても例外ではないらしい。

「キミはなぜか隼人にだけはよそよそしい」
「う、うん…それはその」
「そして、休みの日はよく練習を見に来てくれている」
「うん…」
「加えて言うなら、隼人は今年に入ってから正気を疑うレベルで忘れ物を俺に借りに来ている」
「…え?」
「つまり、キミは隼人のことを意識していて隼人もそれなりにキミのことを…って、どうかしたのか?」
「…………今年に、入ってから?」

 いかにもいつものように、自然に教室に入ってきた新開くんのことを思い出す。私はずっと、それが「普通」なんだと思っていた。だから居心地悪く感じることもあったし、東堂くんが新開くんと話している時間を自分が邪魔しているような感覚が少なからずあった。
 でも、今年に入ってからだとしたら? わざとだったとしたら。




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