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 ここで私自身混乱してきたので、一旦整理したいと思う。

 まず、大前提として私は東堂くんのことが好きだ。もう新学期に入って一か月ほど経っているにも関わらずクラスの半分以上の人の顔と名前を覚えていないくらいに、東堂くんのことしか見ていない。重症だ。
 で、東堂くんは女子にとても人気がある。本人もそれを大いにわかっているし注目を浴びることに快感を覚えている節がある。要するにナルシスト。あと、人の好意には鈍感で、少し思い込んだらそれ以外のことが見えなくなる人だ。
 そして、新開くんは東堂くんと同じ自転車競技部で、それなりに東堂くんと仲がいいらしい。東堂くんほどなのかは知らないけど、同じく女子に人気があってファンクラブがある。私は大して興味がないので今年になるまで知らなかった。東堂くん以外のことを知ろうとしていないから。

 このように厳然たる事実があるにも関わらず、東堂くんはなぜか私が新開くんのことを好きだと勘違いしている。

「それで屋上で俺とごはん食べて来いって尽八に言われたわけだ」
「……はい」
「そりゃあそんなこの世の終わりみたいな顔にもなるだろうな」

 そこまでひどい顔をしていたのかと思って頬に触れる。東堂くんといるときは自然と笑ってしまうけど、他の人といるとき自分がどんな顔をしているかなんて気にしたことはなかった。指摘されるほど落ち込んで見えるのはみっともない。
 ただ、表情を多少大げさにしていたことは否めない。私が今日新開くんとご飯を食べる決心をしたのは、何も東堂くんからセッティングされたからというだけでなく、もう一つ重要な理由がある。それは新開くんに気づかれるわけにはいかない。

「…ごめんなさい」
「俺は構わないよ。尽八のことだからそんな事情だろうとは思ったし。…この前のことは反省してる」
「う、ううん別にそれは……。迷惑だったりしない? 周りの人に誤解されたり…」
「ん? ああ、別に誤解されて困るようなことはないな。彼女とかいないから」
「え、そうなんだ」

 新開くんには彼女がいて当然という雰囲気があるから(本人というよりむしろ周りの様子から)、いないと「どうして?」と聞きたくなる。東堂くんに彼女がいないのはなんとなくわかるけど。でも、そう聞けば腑に落ちるところもあった。

「意外って思った?」
「……うん」
「俺、今はロードのことで精一杯だから」

 そう言って新開くんは手に持っていたパンをもしゃりと齧った。購買で買ったらしく、傍に置かれた袋には他にも大量のパンが入っている。男の子ってよく食べるんだなあと呑気なことを思いつつ「東堂くんは」と自然と考えてしまっている自分に気づいて恥ずかしくなる。東堂くん東堂くん東堂くんばっかり。隠しようもないほどに。

「…東堂くんも、そうかな」

 少しだけ間が空く。新開くんがここで言葉に詰まることをある程度予想はしていたけれど、当たれば嬉しいというものでもない。自分の中の仮説が確信に変わりつつあるとはいえ、それはできれば当たってほしくない予想でしかなかった。

「尽八も少なからずそうだと思うぜ。普段の様子じゃわからないだろうけど、あいつはあいつで真剣にやってるよ」
「そっか…」
「でも、だからって諦めることもないんじゃないか?」

 諦めれば、と言われることを覚悟していただけにその言葉には少し驚いた。

「確かに俺らは勝つために自分の限界ギリギリまで練習して、そのために時間とか体力とかいろんなもん犠牲にしてるけど、だからって何もかも捨ててるわけじゃない。周りの人の応援ってのは、案外大事なもんだよ」

 私の方をちらりと見てから、新開くんはまた一口パンをかじる。私もさっき新開くんから受け取った購買のメロンパンの袋を破って、恐る恐るかじってみた。途端に体へ染み渡るような甘さが口いっぱいに広がって、「美味しい…」と思わず呟いてしまう。「そりゃ良かった」と微笑む新開くんを見て、ああこの人はモテるんだろうな、と思った。

「ありがとう、新開くん」
「別に大したことは言ってないさ」

 それからしばらく、無言でパンを食べながら空を眺めていた。私がメロンパンを食べ終わる頃には新開くんはもう全てのパンを食べ終わっていたのだけど、それを見て「やっぱり東堂くんよりよく食べる人だなあ」と思ってしまっている自分に気づいて赤面する。
 じゃあそろそろ教室戻るか、と新開くんに促されて、私はスカートの裾についた皺を確認しつつ砂を手で軽く払った。




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