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 高校の最後の一年だからといって特にこれまでと変わったことをしようという気が起こることもなく、放課後はやはりいつものように図書室で委員の仕事をしていた。なかなか本を返却しない生徒への督促状を書いている司書さんの横で委員日誌を漫然と書く。仕事の内容とか、感想とか、諸々、気持ちが入っていないことが丸わかりなスカスカの文章を並べながらなんとなく仕事をした気になってしまっている。

「苗字さん」

 その最中にかけられた声に顔を上げると、去年クラスが一緒だった子が傍に立っていた。私がそれなりに気兼ねなく話すことのできる数少ない相手だ。彼女は一昔前のライトノベルが好きで図書室に自分のライトノベルコレクションを寄贈した猛者であり、私と必ずしも読書傾向が同じというわけではないものの、よく小説の話をした記憶がある。名前は思い出せないけど。

「あ…久しぶり。勉強?」
「ううん。なんか面白い本ないかなーって。でも自分で探すより苗字さんのおすすめ聞いた方が早かったかなあ」
「そんなにハードル上げないで…私、そんなに本読んでないし」

 私の言葉に「またまたぁ、謙遜とかいいって」とにこにこ笑っているその子は私のことを買いかぶりすぎている。むしろ、ライトノベルに関しての彼女の読書量といったら私の些細な読書量では太刀打ちできないほどだ。絶版になっているものや表現の内容上学校の図書館や公立の図書館では置いていないものまで網羅しているのだから素直に尊敬してしまう。
 それに、彼女は本好きとしては珍しくアクティブなタイプで、ソフトボール部に所属していて何度か大会で入賞もしている。運動音痴である私からすると羨ましいスペックの持ち主だ。

「でもちょうどよかった。苗字さんに噂のことでちょっと話したかったから」
「噂?」
「うん…その、ね」

 少し言いづらそうに躊躇っている彼女の様子から、あまりいいものではないことは予想できた。さりげなく横の椅子を引くと、彼女は軽く礼を言って座り、しばらく話のきっかけを探すように目を泳がせる。
 気を遣ってもらっているのはわかるけれど、私自身はそれなりに覚悟ができていた。東堂くんと毎日話して一緒に帰っているというだけで多くの女子の嫉妬を呼んでいるのは事実だし。でも、予想していてもそれなりに驚くことというものはあるもので。

「苗字さんが東堂くんと新開くんで二股かけてるんじゃないかって」
「ふっ…ふた…!?」
「そんなわけないってわかってるよ、もちろん」

 この平凡を絵に描いたような私が東堂くんと新開くん相手に二股をかけられるほど器用な女に見えるのだとしたら、その人は即座に眼科にかかる必要があるだろう。

「心配って、東堂くんとか新開くんのファンの人に睨まれること? だったら別に私は…」
「そうじゃなくて、新開くんのこと」

 予想しなかった名前に一瞬戸惑う。

「…新開くん?」
「あんまりはっきりした噂じゃないから言っていいのかわかんないけど…あ、私が言ったってことは黙っててくれる?」
「うん」
「新開くん、彼女がいるって噂が今まで何度かあってね」

 それ自体は特に驚くことでもなかった。昼休みに新開くんが『彼女はいない』といっていたけれど、それはあくまで現在の話だ。過去にいてもおかしいことではない。

「そうなんだ…だから彼女に誤解されたら危ないっていう?」
「ううん、違うの。…それが不思議で、新開くんと付き合ってるって噂になった女の子、皆一か月もしたら他に彼氏ができてるの」
「…………皆」
「私が知ってる限り、四人はそうっぽい」
「四人も…? 何かあったの?」

 普通、誰かと誰かが付き合うとして、一か月で別れるとなると相当早い部類に入る。「彼女はいない」と言っていた新開くんに彼女がいた事実はさほど驚かないし別れたとしても納得できるけれど、仮にこれまで四人彼女がいたとして全員と一か月以内に別れていたとしたらそれ相応の理由があると考えるのが自然だ。

「さあ。私、新開くんのファンってわけじゃないし、そこまで気にしてなかったからそれ以上はわかんない。ごめんね」
「いや…ありがとう」

 多少ひっかかるところはあったけれど、彼女にそれを言ったところで解決するものでもない。正直なところ、仮に新開くんがこれまで付き合った女の子にひどい仕打ちをしていようがとんでもない浮気性な人であろうが、さほど興味はわかなかった。
 東堂くんのこと以外はどうでもいいと思っているから? 新開くんのことにさして関心がないから? おそらくそれも理由としてはそれなりに大きな比重を占めていると思う。ただ、それ以上に、「意外だ」と思わずすんなりと受け入れられたというのが大きい。まるで新開くんが彼女をとっかえひっかえしていることが不思議でもなんでもない、みたいな。そう思った自分に一番違和感を感じた。そしてその違和感の正体は、これまでなんとなくひっかかっていたことと結びつく。
 大したことを何も書いていない日誌を閉じてから、私はもう少し待つことにした。私の考えが正しければ、多分、彼は来るはずだから。




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