12

 すまない、と東堂くんから謝られた、のはいい。副部長だからそれなりに仕事があるのは仕方のないことで、私に遠慮する必要なんてないし。私を優先してくれと言うのは図々しすぎる。けど、

「だから今日は隼人に頼んでおいたぞ」

 それはちょっとおかしいんじゃないかなって、思う。



 東堂くんと一緒に帰ることを疑問に思わなくなっていたのがダメだったのかもしれない。ちょっとは他の人より特別なのかもしれないとか、小汚いことを考えていたのがいけなかったのか。

「と、いうわけで尽八に頼まれたんだが」
「…は、はい」
「そんなに緊張しなくてもいいよ」

 もぐもぐと何かソイジョイ的なものを食べている新開くんはこの状況に特に疑問を持っているわけではないらしく、軽く私にそう告げてからさっさと歩きだす。恐る恐る後ろをついていきつつ、どうしてこうなったのかと昼休みのことを思い返した。

『少し顧問から呼ばれていてな、今日は送っていけない。すまないな』

 心底申し訳なさそうに謝られて「いや、その、大丈夫だから」と両手をぶんぶん左右に振ってフォローしたつもりが、東堂くんは「一人で帰すわけにはいかんよ。どうせまた今日も図書室で遅くまで残るつもりなのだろう」と頑として譲らなかった。で、冒頭の一言に戻る。

『だから今日は隼人に頼んでおいたぞ』

 どうしてそうなるのか私にはさっぱりわからない。新開くんとさほど仲がいいというわけでもなく話したことも数回しかないというのに二人で帰れとは何の拷問か。私は男の人と話すことに不慣れだし、どう考えても新開くんと相性がいいとは思えない。おまけに新開くんはファンクラブがあるほど女子に人気のある人で(それは東堂くんも一緒だけど慣れってやつだ)、隣を歩くのはなんだか気が引ける。三歩後ろをついていこう。

「あのさ」
「っは、はい!」
「なんで俺の後ろ歩いてるんだ?」
「う…」
「ま、いいけど」

 新開くんは東堂くんほどおしゃべりが好きというわけでもないのか、あまり口を開くこともなくさっさと手際よく靴を履きかえていた。新開くんがこんな面倒なことをわざわざ引き受けた理由がよくわからない。だって、友人の彼女とも言えないただの隣の席の女子を家まで送る、なんて。私が新開くんだったら一も二もなく断っているだろう。
 校門を過ぎて、ひたすら坂を下って行く。さっきから話すこともなく沈黙が続いているせいで、新開くんが何か齧って咀嚼している音がやけに耳に響く。堂々と食べ歩きかと思えば、そういうつもりもないらしく、食べきってからはゴミをポケットにつっこんでそれ以上何か口にすることはなかった。そこで初めて私のことを思いだしたのか、振り返る。新開くんと目が合うのは初めてだ。

「名前、なんだっけ」

 今更それかと言いたくなる。私にとってはよくあることだから、覚えられていなくても特に傷つくことはないけど。

「苗字です」
「下は?」
「え……名前、ですけど」
「いい名前だ」
「え、あ、ありがとうございます…」
「敬語じゃなくていいよ。タメなんだし」

 下の名前なんて、東堂くんにも聞かれたことはない。薄々思っていたものの、新開くんは東堂くんとは別のベクトルで変わった人だ。
 ふう、と一息つきたくなったときに、新開くんは何気なくとんでもないことを聞いてきた。

「尽八のこと好きなの?」
 
 予想の範疇をはるかに超えた質問に、一瞬で頭が真っ白になる。

「え…あああえっ!? そんな、こと…」
「見てればわかるけどな。尽八は鈍いから苦労するだろ」
「……は、はい…」

 東堂くんの鈍感さはやはり私の気のせいではなく、認知されている類のものらしい。でも、私はそれよりも特にそういったことに興味がなさそうな新開くんにバレているということに動揺していた。

「と、東堂くんにはこのこと言わないで…」
「ああ、わかってる」

 それなりに歩調に気を遣ってくれているのか、私と新開くんの距離はそれほど離れない。いい人だな、と思う。私を家まで送るという特に何のメリットのないことをちゃんとしてくれる優しさ。でも、ドキドキすることはない。東堂くんが隣にいたら、いつも心臓がうるさくていっそ止めてしまいたくなるほどなのに。
 私は東堂くんが好きだから。
 それだけの、単純なこと。

「苗字さん、これは俺のお節介だけど」
「…?」
「尽八のこと本気で好きなら、もっと周りを見た方がいいぜ。かわいい女の子がウェルテルになるのは感心しないな」
「…………うん…」

 道ならぬ恋。私にとってのロッテが東堂くんだとしたら、私に待っている結末は死以外にはありえない。何を考えているのか覗かせない瞳で私を痛いほどに見つめる新開くんは、それをわかっているんだろうか。

「つらいとは思わない?」
「どうして…」
「尽八のことだから、並大抵のことでは気づかないと思うぜ。それに、人からの好意は平等に受け取る奴だ。君が特別になれる可能性は限りなく低い」
「……特別…」

 東堂くんの、特別になる可能性。
 それを考えたことがないと言えば嘘になる。淡い期待を持っていることも否定しない。でも、私が本当に望んでいるのはそういうことじゃなかった。

「なれなくても、いい…よ」
「謙虚だな」
「ただ、今と同じように隣にいたいだけで…。東堂くんの話を聞いて、一緒に勉強したり、ご飯食べたり…それで充分だから」

 このままが良かった。関係としては普通のクラスメイトで、以上も以下もなく、一定の距離を保ったまま。真面目に答えたつもりなのに、新開くんは私の答えを聞いてくすりと笑った。何がおかしかったのかと言いたいのが伝わったのか、「悪い悪い」と軽く謝ってから「でもな」と付け加えた。

「それ以上の贅沢ってないと思うぜ?」




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