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 いきなりどうでもいい話で恐縮ではあるが、私は体育が大の苦手だ。「健全なる精神は健全なる身体に宿る」と、ローマの詩人ユウェナーリスも言ったとされるが実際のところは訳し方の問題であって、ユウェナーリスが言ったのは「大欲を抱かず、健康な身体に健全な精神が宿るように祈らなければならない」ということだけだ。つまり、私のような運動音痴が「体を鍛えないと健全な精神が育たない」なんて言われる筋合いはないわけで。

「何をぐだぐだと言っている! あと十分練習するぞ!」
「いや、もういいよ東堂くん……」

 今やっているバレーボールのレシーブの練習なんて私にとってはさほど意味をなさない。たった数十分で劇的に上手くなるほど私の身体は運動に慣れていないし、また本来それほどポテンシャルがあるわけでもないから。
 そう言っても東堂くんは「いや、オレが納得できんのだよ! キミほど球技が全くできない人間など見たことがなくて気の毒に思えてならんのだ」とか言って折れてくれない。というか、普通にぐっさり心を抉る言葉をぽんぽん投げないでほしい。

「東堂くんはもう休んでていいんでしょ…?」
「当然だ、オレは何においても完璧だからな。テストも当然満点、そして付け加えるならクラスでまだ合格していないのは苗字だけだぞ!」
「うう…」
「だが安心するといい、オレがついてる」

 運動音痴の女の子の九割九分九厘はこの笑顔に落とされるんだろうと思えるほど美しい笑みを見て、私はさらに緊張してしまう。東堂くんがここまで私のために協力してくれているというのに、さっきから私はろくに球を受けることができない。そりゃそうだ。だって運動音痴だし。

「苗字、もう合格点は出すから。東堂ももう付き合わなくていいぞ」

 さっきから休むことなくずっと不毛なボールのやりとりをしている私と東堂くんを見て、先生も苦笑いしている。もともと合格なんて夢の夢だった私からすればありがたい話だ。私は先生が出してくれた助け舟にすがろうと「本当ですか!」と喜んでいたのだけれど、東堂くんは退屈そうにボールをくるくると回していた。

「じゃあもう終わりか?」
「ご、ごめん…東堂くんがずっと手伝ってくれたのに」

 運動音痴の世話をするまでもなく、東堂くんはとっくにテストをクリアしているのだから、休むなりいくらでも他のことをする余裕はあったわけだ。それをわざわざ私のために時間を費やしてその上私が先生のお情けでテストをパスさせてもらうわけだから、怒られても私に言い返す言葉は何もない。
 でも、東堂くんは私を責める言葉は口にせず、ただニッといつもの余裕のある笑みを浮かべた。

「正直もうちょっと練習していたかったが、終わりならそれでいいだろう。キミが努力したことはオレがわかっているからな!」

そう言ってぽんと優しく頭に手をのせられて、体温が上がる。羨ましい、とクラスの女の子が呟く声が聞こえた。羨ましい。どうして? 私は、東堂くんの隣の席にいるだけの普通の人間なのに。

 羨ましい。

 東堂くんの隣の席という、ただそれだけの点で、私は私を羨んでいる女の子とは何かが違っているらしい。




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