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ミヤは、ホモなわけ?

突然図星を突かれて、手を止めて不自然にならないように顔をあげた。

普段めったに俺に話しかけることもない主人を怪訝な顔で見上げると、すぐ先の生意気で、まだあどけない瞳と目があう。

金色の髪が朝の光を柔らかく反射して、綺麗だと思う。しかし その髪の毛の持ち主の口元がにやけているのに気づいて、ああからかわれているなと思ったら急に冷静さをとりもどした。中断した作業を再開して残りのボタンを留めていく。

ひとつ、 ボタンを留めるたびに白いカッターの向こうの、艶かしい肌が隠れていく。さぁ終わりましたよ、といって立ち上がれば俺の視線はあっという間にエナ様の頭を追い越した。

「答えないってことは、マジ?」

半分は冗談だったんだろう。意外そうな顔で問いを重ねてくる。

大方学校の友人に吹き込まれたのだろう。まともに取り合ってもいいことはないのはわかっているので、適当にあしらおうと決めて、着替え前に身に付けていた寝間着を片付けながらそっけなく返事を返す。

「どうなさったんですか、突然」
「だってさー、エリもスオウも言ってんだよね。俺の付き人はホモっぽいって」

送り迎えの際に俺の姿が見られていたのか。それにしても身だしなみや 動作に関しては、できる限り「普通」に見えるよう気を使っているはずだったのだが。

子供と言うのはやけに鋭い生き物なのか、それとも、俺が気づいていないだけでどうしても「普通」とは違ってしまうのか。

とにかくここで「違います」と言ってしまえばきっとこの話題を終わらせることもできるのだろう。

だけど俺は、やめればいいのにエナ様と同年代の少年たちの目にどう映っているのかを知りたくなってしまう。怖いもの見たさで思わず先を促した。

「顔が綺麗すぎるって。でも別に女っぽくないし、けどなんか色気やべーよな、ホモじゃね? って」
「――っ、なんですかそれは」

子供にありがちな短絡的な思考だった。何の根拠もない、雑談レベルの話題だったことに対する安堵に少し吹き出した。

同時に、歳が10近くも離れているとはいえ顔のことを言われるのがなぜか照れ臭くて、話を切り上げる為に部屋を出ようとする。

「待てよー。まだ答えてないじゃん。どっちなわけ? 俺、お前に聞いてくるってみんなに約束しちゃったんだけど」

ふいに服の袖を掴まれて、はじめに唐突な質問を投げかけられた時以上に動揺を隠すのに苦労する。

身長差のせいで、はからずも琥珀色の瞳が上目遣いで俺を見つめる。話しかけてくることも稀なら、ましてや俺に触れてくるなどこれまでになかったことだ。

その瞳の色に吸い込まれそうになりながら、一体どうなってるんだと鈍い頭でエナ様の言葉を咀嚼すると、なんとなくからくりがわかってきた。

つまり、今日やけに人懐こいのは、「みんなに約束」したせいなのだろう。

万が一、使用人がホモだったなんて滑稽な事実があればエナ様はしばらく学級で注目を集める。元々勝ち気な性格だ。 そのためなら普段ほとんど会話を交わさない一使用人にも愛想よくしてご機嫌をとるのだろう。

こうやって、腕を掴み、愛嬌たっぷりに俺を見上げてくる。そのしぐさが無意識だということは頭では理解できる。まともに社会性が身についてくれば誰だってそうやって他人にとりいってうまくやる方法を知っている。

だからこそ俺はそれが気に入らなかった。俺がここで「はい俺はホモです」といえば、エナ様は学校で面白おかしくそれを報告するのだろう。そして俺は送り迎えのたびに奇異な目で見られるのか。

そこまで考えて俺の頭は冷え冷えと白けきっていく。所詮エナ様にとって、俺は話の種でしかないのだ。それも、1回きりの。しかも、ここで「いいえ」と答えてしまえば俺はその1回の価値すらも失ってしまうのだ。

「エナ様は、俺がホモだったらどうしますか?」

冷静になっていたはずの俺が、気がついたら煽るような、試すような文句を口に出していた。バカ、よせ、と咎める声が聞こえてくるけど無視する。

「は、俺? いや、別に俺はどーでもいいけど…」

―― どうでもいい。

思いの外冷淡な反応に俺は言葉をつまらせた。同時に自分の愚かさを知る。

俺はいったいどんな言葉を期待したのだろう。嬉しい? 俺もホモだよ? そんな都合のいい展開があるとでも思っていたのか。あからさまな拒絶をされなかっただけでもありがたいと思うべきなのだ。

いい加減子供と戯れるのはやめて、いつもの付き人にもどれ。冷静な声がそれ見たことかと再び主張をはじめるが、こんな子供にプライドを傷つけられて、一度冷えたはずの俺の理性が今度はどこからか湧きあがる身体の熱に溶かされていく。

「ええ、俺は男が好きですよ」

純粋な瞳を見つめて、俺はきっと能面のような笑みを浮かべて言った。丸くて、つぶらな瞳がさらに大きく開かれて、ガラス玉みたいだと思う。

「ほんと!? 俺半分冗談で聞いたのになー。なんかすげえのな、ミヤって」

少年らしい、意味のない感嘆を羅列しただけの感想。ふいに俺の手を離れて、踊るようにベッドに向かい、腰かけた。そして無邪気な笑顔を俺に向ける。

「いつからなの? 彼氏とかいるわけ? てか、女の人と付き合ったことある?」

質問をいくつも俺に問いかけるエナ様には、なんの下心もないし危機感もない。ここで突っ立ったままの俺に、自分の隣をバンバンと叩いて座るように促す。

「とりあえずさ、座ってよ、ミヤ。せっかくの休みの日なんだからたまにはコジンテキなオトナの会話をしようぜ」

わざと背伸びした言葉遣いをしてからかいながら、俺から少しでも話の種を引き出そうとまた人懐こい笑みを浮かべる。 俺はわざと困ったような顔をしてやる。

「…ですが、私は仕事中ですし」
「いーじゃんたまには! 今日は父さまも母さまもいないんだから、ちょっとくらいサボっても大丈夫だって。それに、ミヤって全然俺と話してくれないんだもん。俺と仲良くなって、話し相手になるのも、使用人の立派な仕事だろ?」
「――…ッ、まったく。あなたと言う人は、」

本当に、無知で、無邪気で、無自覚の――馬鹿だ。
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