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※
「おにィさん、名前は?」
「――光司、だ」
2人で使うには広すぎる露天風呂で、少年が私の体を洗いながら尋ねる。まだ布をまとったままで、それが濡れるのは気にかけていないようだ。
「光司さんね。僕は月夜だよ」
源氏名のようなものだろうか、奇妙な響きに心の中で首をかしげる。
「おにィ――光司さん、もしかして緊張してる?」
「……」
図星だった。そもそも性行為に金を払うのも、ましてや男を買うのも初めての経験だった。正直言って身体を洗われているうちに冷静さをとりもどしつつあり、ちょっと帰りたいとも思い始めている。
「初めてなんだ? 大丈夫、僕がちゃんと教えてあげる」
無邪気な演技は、悪くないと思う。ただ、それは自分の子供がいたらこんな感情を持つんだろうな、という類の感情だった。ただ、今からこの少年――月夜、と性行為をする、というイメージがどうしても湧かなかった。
そもそも、ここに来たのは仕事で鬱憤がたまって、すこしやけになっていた、というただそれだけの理由で。知人にこの場所を聞き、少し刺激のある遊びをしたかったのだ。だからそれは海外旅行で もよかったし、合法ドラッグでも良かったし、なんならバンジージャンプでもよかったのかもしれない。この選択肢を選ぶ特別な理由はなかったはずだ。
だけどなんとなく来てしまったからには、出すものだけ出して、そのあとが無理そうなら金だけ払って帰ろう。そう決めてようやくそわそわした気持を落ち着ける。
「……気が乗らない?」
月夜が私の心づもりを敏感に察知したようだった。だが私の答えを待つような野暮なまねはしない。気が乗らないならばその気にさせるのが男娼の役目なのだろう。私の後ろでするすると衣擦れの音がした後、背中にぴたりと密着するものがあった。
「―――っ、」
絹のような感触に、ぞくり、と快い鳥肌が立つ。思わず声を漏らすと、少年が背後でクスリと笑う気配が した。
「このまま洗ってあげるね」
背後から私を抱きすくめるように、全身を使って、隅々までを泡立て、擦り、刺激していく。
胸板を掌が這う。わきの下を腕が通り抜ける。腕をなぞり、指に指をからめて丁寧に洗う。背中に乳首が当るのを感じる。月夜の腕が下半身に到着すると、私の性器を避け、太ももの内側を膝に向かって指が這っていく。
「――っ…あ、」
「……その気になった?」
こらえきれずにうめき声を上げると、すかさず月夜が艶のある声を耳元に吹きかける。私が答える前に、少年は足元にしゃがみ込み、ひざの裏、すね、足の裏まで丁寧に小さな手のひらで洗っていく。足の指の間に細い指を入れられると、くすぐったさ以外の何かに再び声をもらしそうになる。
「光司さん体大きいから、洗うの大変だね」
今度は子供のような声で俺の足元から話しかける。こうやって色気を出したり引っこめたりするのがこの子の手口なんだろう。なんとなく透けて見える思惑に、だけど俺はずるずると翻弄されて、はまりそうになる。
踏み込んではいけないラインが見えてきて、俺はまた躊躇してしまう。
「…、もういい」
「――え、」
「身体を、流してくれ」
月夜は不服そうな顔を一瞬見せかけたが慌てて取り繕い、丁寧にお湯をかけてくれる。
なんとなく申し訳ない気持ちになる。私はいったい何がしたいのか。
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