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狡猾なようでいて、男が好きだという人間がいる部屋でベッドに座って隣を促す間抜けさが。わざと子供っぽいふりをしながら、知らず虚勢を張ってしまう幼さが。自分の容姿の良さを知っている癖に、一挙一動で俺を煽っていることに気付かず、隙しか見せない浅はかさが。髪が、瞳が、肌が、エナ様のなにもかもが俺の歯止めを奪い、理性を溶かしていく。

不思議なことに、歯止めが利かなくなるほど理性を失うほどに、俺は冷静になっていくのだった。

呆れたふりをして、優しい使用人の顔をして、この怒りも、欲望も、少しも表に出さないようにして、1 歩、エナ様の座るベッドに足を踏み出した。

エナ様が一人で寝るには広すぎるベッド。そこに腰を下ろすと良く効いたスプリングが音も立てずに沈んで俺の体重を受け入れる。

「そーそ、それでいいの。で、彼氏はいるの?」
「……いませんよ」

んじゃ前はいたの? とか、どんな人? とか、なんで男がいいわけ? とか、いくつも不躾な質問をぶつけてくる。単なる使用人を傷つけようが怒らせようが一向に構わないとでも言いたげに。そして俺が戸惑ったり言いにくそうにするのを、無理矢理口を割らせて、心の底から面白がっている。

そうやって俺を苛立たせながら、時折意図せずに触れるエナ様の手とか髪とかが、まだ一線を越えるギリギリのところに立っている俺を後ろから押してくる。この1歩を踏み越えてしまおうか。俺は迷いながら、矢継ぎ早な質問に律義に答えていった。

「で、ミヤはやっぱ男のこと考えながらするわけ?」
「……は?」

一瞬、質問の意図が分からず無作法に聞き返してしまった。 エナ様はそれには構わない様子で、悪だくみを思いついたみたいな笑顔で繰り返す。

「だーかーら、オナニーするんでしょ? 男のこと考えながら」
「―――ッ、」

明らかに俺を困らせる意図で、いやそれ以上に嘲りを持った目で俺を覗き込む。

「そ、れは、」
「うげ、まじかよ。ありえねー。なに、誰? 誰のこと考えながらオナってんの?」

うげ、と言って吐く真似をしながら子供の残酷さで無遠慮な言葉を並べていく。きっと俺を傷つける明確な意思はないのだろう。でもそれらは、異質なものとして俺を排除し、見下していることを伝えるには十分で、正確すぎた。

結局俺は最初から今までずっとエナ様に振り回されている。相手をしまいと決めたところを幼い所作と台詞にほだされ、聞かれるままに馬鹿正直に答え続け、それでも少し浮かれていた自分が情けない。

もしかしたら本当に、幼い少年は慣れ合いを求めて、手近にいるとはいえその相手に俺を選んでくれたのかと、そうやってもう少しで勘違いするところだった。だけどそれを自覚する一歩手前で、一気に奈落に落とされた気分だ。

この人は、本当に――。

「……では、当ててみてください。正解だったら教えて差し上げますよ」

バカだ。

「よっしゃ! 絶対教えろよ、嘘つくなよ?」
「ただし、間違っていたら罰ゲームです」
「は、なにそれ。まあいいや、じゃあ――、」

といって流行りの俳優の名前をいくつかあげる。そのどれもが当らない。当るわけもない。私は罰ゲームです、といって指でエナ様の額をはじく。

「――つ! …あは、罰ゲームってそういうことか」

思いがけないスキンシップに驚いたのか、面白がってエナ様はあてずっぽうに名前を羅列していくけど、それは正解にかすりもしない。だから俺はエナ様の鼻をつまんだり、耳を引っ張ったり、身体をくすぐったりして「罰ゲーム」を遂行する。

「わっ、ひ―――ちょ、っやめろ! っひゃぁ!」

脇をくすぐると、想像以上に過剰な反応が返ってきた。笑う余裕もないのか、思い切り体をよじって逃げようとするが、ようやくエナ様の“弱み”を見つけた俺は後ろから抱え込んで逃がさない。

「ひゃ、や、ひ、やめ、やめろ! ――ちょっやだやだやだ!」
「もう時間切れです。言ったでしょう? 間違っていたら『罰ゲーム』って、」
「罰ゲームって、最初でこピンだったろ――ひゃあああ! やめて! やだ! っミヤ、ふざけんな……っ!」
「大人しくしてください」

耳に息を吹きかけるように言うと、さらにエナ様があばれるからとうとうスプリングが悲鳴を上げ出す。ギ、ギ、と軋む音がその行為を連想させて俺を興奮させていった。

わきの下からお腹にかけてくすぐる手を休めずに、気付かれないように耳にも刺激を与えてやると、心なしかエナ様の呼吸に熱が混ざりはじめて俺は嬉しくなる。
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