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「――っ、あ、ゃ……ぁっ」
ぴりぴりと、快感が脳みその奥を焼く。確かに気持ちいいのに、これ以上続けてほしくない、そんな快感を自らに与え続けると知らず被虐心が煽られていく。
白くて細くて骨張った指が、乳首を下から小刻みに弾き、それから尖端を指の腹で円を描くように転がす想像をしながら、俺はその通りに自分の指を動かす。
「ぁ…ぁ、ぁ…――っ」
喘ぎ声にならないようにぶつ切りの吐息を吐く。
(なん、で…こんな……ぁっ)
「こんなプレイ」は望んでいなかったはずなのに。見知らぬ男に焦らされ火照った身体を、駅のトイレで慰めるなんて。
何度でも、何度でも男の声を、指を思い出しては、そのたびに身体の奥がじくじくと疼くのを感じる。
収まらなくて苦しくて苦しくてたまらない疼きを楽しむように、俺は乳首だけを弄んだ。先っぽを爪で軽く引っ掻くように刺激すると激しいのにもどかしいような快感に身体がビクリと跳ねる。
(あ…はぁ…ち、くび、きもち――)
想像の中でも男は、何も言わない。俺を後ろから抱え込んで、ただそこを弾いたりつまんだりしごいたりするだけ。自らの指で乱れる俺を何も言わずに見つめている。
その状況を思い浮かべるだけで、身体中の敏感な部分に血が流れ込むのを感じた。男に時折息を吹き掛けられた耳も熱を持ちはじめる。
(あ、ふぁっ、も…なんか、きちゃう、きちゃ……っ)
その兆候を感じて、親指と中指でキュッとつまみ、充血した乳首を人差し指でコリコリとこね回すと背中から頭のてっぺんにかけて絶え間なく刺激が駆け昇る。
(あ、あああ…っ!ゃ、もう――)
イク、と思ったときには頭の中が真っ白に染まっていた。唇を噛んで声を漏らさないように耐えると、その分衝撃を受け止めきれない身体が小さく痙攣する。
「っふ…、ぁ、ぁ、ぁ……っ」
生まれてはじめて乳首だけで許容量を越える快感を得た俺は、だけど一呼吸もおけず下半身の疼きに息を荒くする。
(も…こんなに…)
乳首だけでは吐精の叶わなかったそこは、すでに腹に突きそうなほど反り返っていた。
下着を下げてトイレに腰をおろしたときからずっと外気にさらされたままだったから、早く早くとせがむようにピクピクとひきつる。まだ一度も触れていないためか、痛いほどに腫れ上がり尖端をぬらぬらといやらしく濡らしていた。
『触って、ほしい?』
何度目かわからない、男の声のフラッシュバックが、これ以上熱くならないだろうと思っていた体温を高めていく。
(…今、これに触ったら、)
どうなってしまうのか。期待と恐怖で心臓の鼓動が身体を震わすけど今はそれすらもぴりぴりと俺を感じさせる。
(触って…お願い……触って…)
声に出さないよう努めるほどの理性はまだ残っていたようだったが、それでもいつの間にか口だけがパクパクと動いて、想像の中の男に「触って」とおねだりを始める。
ゆっくりと、右手をそこに伸ばしていった。視界に入る俺の右手と、あの綺麗な右手とが重なっていく。白くて、細くて、骨張った指が先走りを絡めながらねっとりと尖端を包み込んだ。
「あっ!…あ゛っ――はっ」
胸の快感とは段違いの、気持ちいいところをむき出しにされて直接捏ね回されるような気持ちよさに、とうとう外に聞こえてもおかしくない音量の声が漏れた。
辛いくらいの刺激に耐えながらそのまま尖端を手のひらで撫で回し、括れをなぞると、ぞくん、ぞくん、と腰の奥から快感が沸いてくる。
「あっ、ああぁ!っ、や…っ」
左手がたまった血液を全身に押し出すようにそれをゆるゆると扱き始めると、行き場をなくした快感が身体中に回って出口を探し始める。血液自体が快感を運んでいくみたいに、ぐるぐる、ぐるぐる、俺の中を駆け巡る。
「あっ、も、やめ…っ!許し、て――!」
声と指しか知らないその男は、俺がどれだけ快感に啼いても決して何も言わないし、やめてくれない。ただ、俺の弱いところを暴いて、追い詰めていく。だから俺も自分の手を止めることができない、ひたすらに気持ちよくなっていくだけ。
声をこれ以上あげたくなくて右手の指を噛み締める。その隙間から、ああ、ああ、と小さく声を漏らしながら、ビクビクと腰を震わせてなんとか快感を逃そうとするけどそんなのじゃちっとも意味がない。
快感が濁流となって思考を呑み込み始め、自身を扱きあげる動きが激しくなっていく。いつの間にか唾液でベトベトになった右手を、乳首にあてがってぬちぬちとおしつぶすと、思い出したように切ない感覚が沸き起こって腰を浮かせた。
「あ…きもち、い、く…いく……イっちゃ――」
うわ言のように繰り返すと手の動きはしつこさを増していった。もう俺の手なのか男の手なのかわからない愛撫に身もだえる。電車での最後の数分、男がそうしたように、どこをどんな風に触ったか、ひとつひとつを思い出すたびに身体が昂っていく。
「イく、いく――イ、くッ―――!」
まさに快感が溢れだそうとした時、俺の耳元で、かすれて熱を持った男の声が囁いた。
『いいよ、イって――ほら、』
クスクスと笑うような吐息を吹き掛けられて、俺の弱点が沸騰するように熱くなる。同時に、下半身からとめどない快感とともに、迸りがドクドクと放出 された。
「あ……!――――っ、――っ!、っく、は…ぁっ、ぁ」
声を我慢する余裕もなかったが、それ以前に喘ぎ声にもならないほどの気持ちよさに、ひたすら背中を丸めて痙攣に耐える。
永遠に終わらないかと思われた射精は、十数秒は続いただろう。出しきったあとも、時折、ピク、と反応する身体が鎮まるのに時間がかかった。
呼吸を落ち着かせて、後始末をしながら改めて自分のしでかしたことを認識する。同時に、男の声を、指を、思い出す。自慰のあとだというのに不思議と男に対する嫌悪感は生まれてこなかった。
俺は、自分の唇が自然と歪むのを感じた。それが、笑っているのだと気づく。
「くせに、なりそ」
明日も早起きをしよう。
ずくり、と熱が疼くのを感じた。
(次:あとがき)
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