仙蔵に接吻したのだ、と口づけてから気付いた。
薄くやわらかい感触。人肌の温もり。微かな甘さ。
実際はそんなに経っていなかったのだろうけれど、時の流れがひどくゆっくりと感じられた。
仙蔵がくしゃり、と僕の上着を掴む音が聞こえた。慌てて顔を離して目を開くと、呆然と自分を見つめる仙蔵と目が合った。新しく酸素を吸って冷静になった頭が、フル回転を始める。

あぁ、いったい僕は何てことをしてしまったのだろう!
今なら綾部の落とし穴なり蛸壺なりに落ちたい。

事の始めは僕がお遣い帰りに買ってきた水飴を、部屋の前を偶々通りかかった仙蔵に一緒に食べないかと誘ったのだった。その後の流れをざっくり纏めると、水飴に濡れた薄ら赤い唇が魅惑的で、無意識のうちに致してしまっていたというわけだ。

仙蔵は友達で、勿論ながら男だ。そう、同性なのである。僕は彼の事が好き―恋愛感情として―だけれども、きっと、仙蔵は僕の事はただの友達だと思っているだろう。仙蔵はいつも僕に友人として良くしてくれる。
……そんな彼に僕は。
仙蔵とお互いの性的嗜好について話したことなんてないから、彼が衆道をどう思っているか知らない。僕は衆道ではなくて、ただ仙蔵だけが好きだけれど、僕の行為は衆道だと受け取られ得るものだ。仙蔵の考え方によっては軽蔑されても可笑しくはない。でも、もし、本当に仙蔵から嫌われてしまったらどうしよう。卒業まで僕はどうやって生活していけばいいのか。
とにかく仙蔵に申し開きをしなくては、と思い、まだ呆けたようにこちらを見つめている仙蔵に声をかけた。
「ご…ごめん、仙蔵」
「なぜ謝る」
「え?」
「…問題などない」
「……え?」
問題ない?問題ないってどういうことなんだろう。とりあえずは仙蔵が僕を嫌いになったりしたのではないようで安心した。しかしとにかくこの微妙に気まずい雰囲気から早く脱したい。話題の矛先を変えようと、口を開きかけたところで仙蔵が何か言おうとしているのに気がついた。
仙蔵は暫く、逡巡しているのか手を開いたり握ったりしていたが、やがて意を決したようにこう言った。
「わ…私は嬉しかった…、その…、お前が口吸いしてくれて」
「……へ?」
あまりに吃驚して、大変間抜けな声しか出なかった。思考がついて行かない。仙蔵は今、何と言った?仙蔵の頬は何故か赤く染まっている。
仙蔵は一、二度頭を振った。
「しかし6年の接吻があれしきの技巧ではいかんな…」
混乱して固まっている僕を余所に、そう呟いた仙蔵の繊手が僕の顎を捉える。
「本当の接吻っていうのはな、こうやるんだよ、伊作」
気付けば悪戯っぽく笑った、仙蔵の顔がごく近くにあって、僕は思わず目を閉じた。唇と唇が重なる。驚いて僅かに開いた僕の唇の間から、仙蔵の舌が口腔内に割り入ってくる。それは歯列をなぞり、更に奥へ奥へと押し入ってきた。飲み込めなかった唾液が口の端からつう、と垂れていった。
されるがままになっているのも何だか悔しくて、彼の肩を掴んで、上顎の裏をなぞっていた舌を絡め取った。仙蔵は一瞬びくりと震えたけれども、自分の舌を絡み返してきた。そんなことをされたら思い上がってしまう。僕と同じくらい、君も僕のことが好きなんじゃないか、なんて。
時折くぐもった、鼻にかかった声を上げる仙蔵がとても愛しかった。


漸く唇を離した時には二人ともすっかり肩で息をしていた。視界が滲むし、なんだか体が熱い。仙蔵の顔は上気して真っ赤になっていた。どちらからともなく顔を見合わせて、恥ずかしくてつい顔を逸らせてしまう。僕は仙蔵の肩を掴んだまま、彼に声をかけた。「仙蔵、」
「…なんだ」
「君のことが好きだよ」
仙蔵の肩が小さく跳ねた。
「…順番が色々と逆じゃないのか」
俯いてしまって仙蔵の表情は分からないけれど、その口調は心なしか喜色を含んでいた。そのままそっと胸元に抱き寄せる。仙蔵は少し首を傾けて伊作の肩口に顔を埋めた。
「じゃあ改めて」
僕は笑って仙蔵の耳元で囁いた。
「君を愛してる」
そして、再びかぶりつくように仙蔵の唇に口付けた。



title:M.I.様よりお借りしました
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