月光が照らす山中の獣道を、闇色の衣を纏った二人連れが進む。彼等は顔や服の彼方此方にべっとりと赤黒い錆色を纏っていた。どこか遠くで鵺の鳴く不気味な声が響いた。



伊作は仙蔵と互いに支え合うようにして何とか歩みを進めていた。体中どこもかしこも痛くて、血を流しすぎたのか足に力が入らない。敵は全て始末したが、もうこれ以上進んでも助かりはしないだろう。ああ、僕達ここで死ぬんだな、という事実は、まるで他人事のようにすとんと心に落ちてきた。2人で、道端に生えた大きな木の根元に殆ど倒れ込む格好で座り込み、幹に背を預けた。血のこびりついた指先で、隣に座る仙蔵の紫紺の髪に触れる。彼も僕と違わず最早誰のものだか分からない血に全身を染め上げていたが、その髪だけは普段と違わず美しかった。すっ、と仙蔵の瞳がこちらを向く。慈愛に満ちた視線に嬉しくなった。

「僕は…幸せな一生だったな…って思うよ」
そう言うと仙蔵は苦笑した。
「こんな死に方でもか」
「だってさ、愛する人と…一緒に死ねる…なんて、幸せじゃないか」
「…馬鹿をいえ」
そう言った仙蔵の横顔は穏やかな表情をしていた。「死ぬ時って怖いもんだ…と思ってたんだけど…、全然…怖くないんだ。幸せだよ」
死は間近に迫っているのに、不思議と凪いだ気分だった。忍として殺生を繰り返した自分達が浄土に行けるとは思わない。幼い頃は坊主の話す地獄が恐ろしくてたまらなかったが、仙蔵と一緒なら行く先が地獄でも悪くないと思えた。
「でも、このまま…だと、どっちかがちょっと先に…死んじゃうかも…」
「仕方なかろう…、自然に…同時に死ぬなど、不可能だ」
「君を…少しでも後に置いていくのは嫌だよ…」
「お前を後に…残すと心配だ、三途の川で流されたり…してそうで」
「えぇ…、ひどいな、…僕をなんだと」
僕達は顔を見合わせてクスクスと笑った。上手く息が吸い込めなくて、二人してむせた。


「ねぇ、仙蔵。心中しようよ」
仙蔵はぴくりと片眉を上げた。
「どうせ助からないない身だ…、それならさ、…僕は仙蔵を殺して、仙蔵に殺されて、死にたい」
他の誰にも、たとえ神様にさえも仙蔵を殺させたくない。それ程に彼が愛おしい。彼の全てが欲しい。どうか、この最後の我が儘をきいて欲しい。
「分かった」
仙蔵は目を細めて頷いた。その顔は出会ってからこれまでで一番綺麗だった。
「私も伊作の全てが欲しいよ」
常より冷たい仙蔵の指が伊作の指に絡みつく。そんな顔を、僕の心を読んだ様なことを言うなんて、ずるい。
「もし時間が戻せるなら、せめて死ぬのは泥だらけで血まみれじゃないのがいいねぇ」
全くだ、と仙蔵は笑った。しかし、と仙蔵は言葉を継ぐ。
「何度時間を戻せたとしても、私はきっとこの道を選んでしまうだろうさ」
僕は目を見張った。たとえ野垂れ死ぬ運命でも、最期まで一緒にいる方を選ぶと仙蔵は言ってくれた。幸せ過ぎて、思わず涙がこぼれる。
「……仙蔵はお馬鹿さんだねぇ。…でも、嬉しいよ」
どちらからともなく唇を寄せた。これが今生で最後の口づけ。名残惜しく顔を離すと、銀糸が二人の間を繋いだ。
力の上手く入らない手で苦無を握り締め、仙蔵の白い首筋に刃を当てた。同時に、自分の首筋にも冷たい感触がした。

「おやすみ、伊作」
「おやすみ、仙蔵。…またね」







title:M.I.様よりお借りしました
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