「仙蔵。そなたには如何せん゛……゛が足りぬ」
仙蔵と同じ、黒檀の髪と雪のように白い肌の女が言った。
「そなたの神力は甚大じゃ。頭も回れば、器量も申し分ない。月の王としての資質は完璧じゃわ。゛……゛を除いてはの。此度の罪を犯したのもそれ故のこと」
仙蔵は゛……゛が何故に必要とされるのか分からなかったが大人しく話を聞いていた。
「諸官で合議した結果、そなたへの罰は『地上への追放』と決まった。期間はそなた次第じゃ」
仙蔵はただ静かに頭を垂れた。






時は過ぎ、とある帝の御代のこと。在るところに竹取の翁という老人がいた。野山に分け入り、竹を取っては様々な物に加工することを生業としていた。
ある日のこと、翁は一本の、根もとが光っている竹を見つけた。中を覗くと、三寸ばかりの少年が大変優美に座っている。
「毎朝毎晩見て回る竹の中にこうやってお前さんがいるというのは、きっと我が家の子になるはずなんじゃな」
翁は大切に小さな少年を家に連れ帰り、妻に養わせた。少年に名を問うと一言「仙蔵」と答えた。

仙蔵を連れ帰ってからというもの、翁は度々竹の節と節の間に砂金の詰まった竹を見つけるようになり、いまや大富豪となっていた。仙蔵は竹のようにぐんぐんと背が伸び、三月ばかりで15歳程の少年に成長した。ほどなくしてどこから漏れたのか、竹取の翁のところに輝くばかりに玲瓏な少年がいるという噂が瞬く間に国中に広まった。数多の貴族が彼を側に付けたがり、翁に乞い願ったが、翁は仙蔵が実の息子でないことを理由に全てを断った。



幾月か経ち、翁の所へ連日押し掛けていた貴族たちの殆どは仙蔵を諦めていた。
「だがあの5人はなぜ毎日毎日ボウフラよろしく湧いてくるのだ…!」
仙蔵の耳は、今日も今日とて門前で面会を求めて騒ぐ声を拾っていた。やんごとなき身分の者ばかりで無碍に追い返すこともできず、おかげで今月だけで4人も門番が辞めた。近頃は家人が誰も門番をやりたがらない。仙蔵はこめかみを揉んだ。その時、使用人が控え目に声をかけてきた。
「仙蔵様、旦那様がお越しです」
「通してくれ」
やってきた翁は明らかに気疲れした顔をしていて、流石に仙蔵も不憫に思った。
「仙蔵、一度でよいから彼らと会ってやってくれんかのう。このままではうちから家人がいなくなってしまいそうじゃ」
仙蔵は困った。天上人の仙蔵にとって、誰かと契るということは即ち、一生その誰かを愛すると誓うことだ。天上人の誓約は絶対。何があろうと自ら破棄することはまかりならぬ。しかし今の仙蔵は「一時的に」下界に追放されている身。いずれ月より迎えが来れば天上に戻らねばならない。そうすれば、自ら立てた誓いを破ることになる。そんなことは仙蔵の矜持が許さない。だから愛してもいない者と契ったりしないし、破る可能性がひともちでもある誓いなど立てたりしない。黙ったままの仙蔵に翁は言った。
「仙蔵や、儂はそなたが只人ではなく仙や仏の類いであられると存じておる。しかし私ももう齢七十を過ぎ老い先知れぬ。そなたも今は人の世に暮らしておるのだから、世の習いに従ってどなたかにお仕えすべきではないかね」
仙蔵はしばらく沈思した。やがて、溜め息混じりに呟いた。
「会うだけ、お会い致しましょう」
翁はホッとした顔をして、5人の公達にそれを伝えに戻っていった。そう、゛会うだけ゛ならばいい。仙蔵は片頬をつり上げた。むしろ、無駄に身分の高貴な彼らを追い払う恰好の機会になり得るだろう。



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