短編 | ナノ

『私、いつか消えちゃうかもしれないんだ』

――今、俺の隣を歩いている女が以前一度だけ言った言葉だ。それを聞いたときは『こいつ頭湧いてんのか』と思った。でも、そんな言葉を吐いたことを除けばごく普通の女だ。気が強くはないが、弱いわけでもない。少なくとも、俺の知るバイオレンスな女達と比べると物静かで大人しい。
 彼女の言う『消えちゃう』のせいなのかは知りはしないが、あまり交友関係を広げようとしていないように見えた。良い意味でも悪い意味でも人と距離を縮める気が無いらしい。そんなさっぱりした態度が俺としては楽で、何となくつるむことも多かった。
 暇だけど、何もしたくない時。そういう時に、この女はちょうど良かった。口数が少ないのがわかっているから、変に盛り上げたりしなくて良い。ただ、黙って隣に置いておくだけ。まるで馴染みのジジイと一緒にいるような。そんな静かな時間が流れるから。

――――今日もそのつもりだった。今夜は流星群が見えるらしい。
明日は非番だ。だからと言って屯所で野郎どもと騒ぎながら観るという気分ではなかった。何も考えず、ただ黙って流れる星を眺めたい。そんな時に、今隣を歩いているこの女の顔が思い浮かんだのだ。
今目指しているのは、俺のサボりスポットの一つである小高い丘。あと少し登れば頂上に着くというところ。

「もうちょいで着くぜィ」
「そう」
「女ってのァもっと流れ星にテンション上がるもんじゃねえのかィ」
「上げて欲しいの?」
「いんや、別に」

 そういうのは求めていない。二人きりで夜空を見に行くことに“何か”を期待して浮かれるような女であれば、俺はこの女と関わっちゃいけない。

「私、流れ星にあまりいい思い出が無いかもしれない」
「何でィそりゃあ」
「……色々あるの」
「ふーん」

 彼女は自分のことをあまり話そうとしない。その代わり、相手にも深入りしない。そういうところが心地いいのだから、こちらも深入りしてはいけない。これは暗黙のルールだと思っている。

――――話している内に目的の場所、丘の頂点の到着した。いつもサボっている時と同様に俺は刀を外して一本杉の根元に腰を下ろし、そのまま仰向けに寝転んだ。

「ナマエもここに寝転びな」

 刀を置いた方と逆、右隣りの地面をトントンと叩いた。彼女は返事の代わりに、静かにそこへ腰を下ろした。

「寝転ばねえのかィ」
「帯が邪魔だから」
「あぁね」
「和服って、不便だよね」
「はぁ?」
「……あ、流れ星」

 何か誤魔化そうとしたようにも感じたが、実際に彼女の指さす空を見ると一つ、二つ。また一つ、と星が一筋の線を描くように流れていく。
 流星群とはこんなにもポンポンと星が流れるものなのか、と思わず見入ってしまう。

「ねぇ、沖田さん」
「あ?」

 いくつか星を見送ったところで、真横にいる彼女から声が聞こえたので耳だけ傾ける。こういう場面ではただ静かに、黙って星を見ることに集中するタイプの女かと思っていたのだが。

「……私、光ってない?」
「……は?」

 俺の知る限りでは絶対に、ナマエという女はそんな素っ頓狂なことを言うタイプの女じゃないはずだ。思わず隣を見ると、薄ぼんやりと体に光を纏っていた。

「……え?は?」

 驚きのあまり、思わず寝そべっていた状態を起こした。
 意味が分からない。ここは外灯も無くて、辺りを照らしているのは月や星など自然光のみ。そんな薄暗い場所で、彼女の体が照らされている。
……いや、違う。まるで人気がいなくなったのを見計らったように出て来た蛍のように、間違いなく彼女自身から光を放っているのだ。

「そっかぁ……本当に突然なんだなぁ」
「っおい、何なんだよその光、」

 いつも通り、穏やかに話す彼女に違和感がある。これは幾重もの死線を乗り越えたが故なのか。それとも、敵味方数えきれないほどの屍を超えて来たが故なのか。どちらにせよ、これが第六感というものなのだろう。何か、“嫌な予感”がするのだ。

「あぁでも、“あの日”もこんな流星群の日だった」

 そう言いながら立ち上がり、一歩、二歩とゆっくり前へ歩を進める彼女。追うように俺も立ち上がり、その背中に手を伸ばした。

「……っ!?」

 何か、壁のようなものに遮られてしまったような感触。目の前にいるはずの彼女に、何故か触れることが出来ない。

「最後に一緒にいたのが、沖田さんで良かった」

 何事もなかったかのように振り返った彼女は、柔和な笑みを浮かべている。

「おい、……ナマエ」
「私、沖田さんにはちゃんとお別れが言いたかったの」

――――手を、掴みたいのに。
何で届かない、確かに目の前にいるのに。

「……っ、ナマエ……っ!」
「私ね、本当はずっと寂しかったの」

 放つ光は強くなっていくのに、それに反比例して彼女の周りが段々と暗くなっていく。……いや、違う。“見えなく”なっていっているのだ。まるで彼女を飲み込んでいくかのように。

「“ひとりぼっち”で、不安だった。こんな口下手な私と、何も言わずに一緒にいてくれて嬉しかった。本当に、ありがとう」

――――触れたいのに。
何で触れられない、さっきまで隣にいたのに。

「ナマエ……!!」

“壁”に両手を着き、円形の光の隙間から、中に飲み込まれていく彼女の顔を覗き込む。彼女もその小さな手を“壁”に添えたのが見える。

「……、行くな!ナマエ!!」

 その手を引いて、抱き寄せて。“どこへも行くな”と言ってやりたいのに。

「沖田さん……元気でね」

 段々小さくなっていった光の中に最後に見えたのは、緩く描いていた弧を歪めた彼女の口元だった。

「……ナマエ」

お前はさっき『何も言わずに一緒にいてくれて』と言ったが、それは違う。俺は、ただ黙っていたのではない。

「何も、言えてねえだけなんだよ……」

――――抱きしめたかった。
今の今まで、ずっと手を伸ばせば簡単に届く距離にいたのに。何で、もっと早くにそうしなかったのか。

「何も……ないわけ、ねえだろうが……バカ女……ッ!!」

 期待と不安に揺れながら、人がせっかく意を決して“二人で星を見に行こう”と誘ったというのに。

「……それくらい、わかれよ、」

 膝から崩れ落ちて両手を着いた地面は、まだ少し温かかった。そこに一つ、二つ、また一つ。流れる星と同じだけの雫を落とした。



(2022/8/29→2023/5/21修正)



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