06
「す、住む……?」
「そー、住むの」
あっけらかんとする私とは対照的に、向日君は目を見開いてみせた。まぁ他人以上知り合い以下の人間が言うことではなかったかな。
けど。
「じゃーさ、質問ね」と前置きし、私は言った。
「向日君はー今この世界に友達はいますか?」
「……」
沈黙。
「向日君はーホテルとかに泊まれるようなお金持ってますか?」
沈黙。
「向日君はー路上生活出来ますか?」
……沈黙。
すべて沈黙で答えた向日君に、「ね?」と同意を求める。
「小説とかに出てくるトリップした人も、まーそんな感じなんだわ」
「……」
「だから一時的にお世話する流れになるんだってさー。事情も知ってるし、帰り方とか一緒に模索するらしい」
「…………」
「まー1Kで年増と同居とかオゲーって感じだろうけどさ、」
ピッと向日君を指差して、言い放つ。
「屋根付き空調設備完備トイレ有り風呂有りふかふかベッド付き三食飯付き家賃の代わりに私が夜勤の時はお留守番する!」
一息で言った後、パチパチと瞬きをする彼の肩を叩き、にやりと笑った。
「こんな良い条件の物件ないよ?」
しかし、まだ何かあるらしい向日君は、「けどよ」と言い淀んだ。
「なぁに、やっぱ婆さんと住むのは嫌ってか?」
ちょっとむっとしながら言うと、向日君は首を振った。とても言いにくそうに、口を開く。
「金……とかすげーかかんじゃん。食費とか……」
そんな様子の向日君がかわいくて仕方なかった私は、にっと笑って「ノープロブレム!!」と叫んだ。
続いて、ベランダの窓を開ける。
向日君が目を見張った。
「なんだこりゃ……」
「ハイ、ここに御座しますは親からの仕送りがぎっしり詰まったダンボール達で御座います!」
高々と積み上げられたダンボール達。中身は米、野菜、缶詰め、何故か軍手、雑巾、靴下等々、親からの愛がたくさん詰まってある。
「いーっつも送られてくるんだけどね、めちゃくちゃに余っちゃう訳よ。余る度に店の常連さんに配ってるんだけど、向日君が消費してくれるんなら田舎のかーちゃんも喜びますわ」
ふふんと無い胸を張ると、一瞬は安心したような顔をした向日君だったが、いやいやと首を振った。まだ何かあんのか。
「大守さん彼氏はいねーのかよ……その、ベッドとかダブルベッドみたいだし……」
その言葉に、チッチッチと人差し指を振った。
「ノンノン私彼氏いませーんいたことないでーすベッドは私の寝相が悪いからおっきいの買っただけでーす」
「けどこれから出来たら……」
「生まれてこの方彼氏出来たことない奴がんなすぐに出来るわけないでしょ喧嘩売ってんのか」
自分で言ってて切ないが、向日君に「そっか」と呟かれたので余計切なくなった。いや、別に否定して欲しかった訳じゃないけれど。
「んじゃ、まー問題は解決したね」
はい住もう、と手を叩いたが、やはり向日君が「ちょっと待て!」と止めに入る。
「何よ」
「一番大事なことだよ!」
なんだなんだと向日君を見つめると、彼は私と自分を交互に指差した。
「俺は男で大守さんは女……だろ?」
なんだそんなことか。もっと重要なことかと思った。
「心配しなくても大丈夫だよ、私向日君を襲ったりなんかしないから」
「えっいや、違」
「多分」
「って多分かよ!」
彼の突っ込みに拍手をする。言わんとすることはわかってる。けど、だからって「じゃあ無理だね」なんて言えない。まぁ言うつもりもないけど。
「そんなに私んちが嫌なら高橋さんち行く? 齢62歳の独り身雷親父だけど」
「……お世話になります、大守さん……」
「あはー、それでよし」ぺこりと下げた向日の頭を撫で、私は満足げに笑った。
本当に狭い家だけど、この子となら楽しくやっていけるかもしれない。向日君の世界への戻り方がわかるまでの間だが、存分に可愛がってやろうと思った。
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