Fly In The Sky! | ナノ

05


「ま、とりあえず上がりなさいな」

というわけで、向日君を家に上げる。先ほどまで泣いていた向日君の目は、少し腫れている。そんな彼の頭を数回撫でると、「止めろよ」と照れられた。愛い奴め。
靴を脱ぎっぱなしにしようとしていたので無言で見つめると、察してくれたのかしてきちんと揃えて置いてくれた。

「1Kだから狭いけど、まーごゆっくりー」

適当に座布団使ってねと声をかけ、私は冷蔵庫から出した麦茶をコップに移す。
トレーに乗せてリビングに行くと、小さな丸テーブルを前に小さな座布団に緊張気味に座る小さな向日君がいた。なんだこいつ可愛すぎか。

「そんな緊張しないでよ、とって食ったりゃしないからさ」

そんな向日君の向かいに座り笑うと、向日君は「だってよ」とそわそわした。

「わかるよ、知らない人んちだもんねー」

私達は会って2時間も経っていない。四捨五入すればほとんど他人だ。そんな人の家に上げられたら、いくら社交的な人間でも緊張はするだろう。ましてや、向日君の立場なら。

「まーま、お婆ちゃんちに来たつもりでいなさいな」
「んな年でもねーだろ」
「君よりはババアだし」
「……大守さんって20くらい?」
「当たらずも遠からずー」

言うと、向日君は部屋の中をキョロキョロ見回した。年齢がわかる糸口みたいなのを探しているんだろうが、残念ながら私は収納大好きっ子なので大概の物は棚などに入れてある。
向日君もそれを察したのか、「くそくそ」と唇を尖らせた。
うん、ちょっとは慣れてくれたみたいだな。
さてと。

「それではー只今よりー!」

ガバッと立ち上がり、右手を挙げながら高らかに言うと、向日君が飲もうとしていた麦茶を吹き出した。申し訳ない。

「なんだよ急に! 酔ってんのか?」
「酔ってなーい飲んでなーい大真面目ー!」

飲んでないけど、夜勤明けだからテンションが馬鹿なだけです、はい。
再び、高らかに言う。

「私ー大守紗世はー! 向日岳人君が元の場所に戻れるよう、最後の最後まで手助けすることをここに誓いまーす!」

わーぱちぱちぱち、と自分で自分に拍手を送る。我ながら馬鹿みたいだけど、こうでもしないと向日君また泣いちゃうかも知れないしね。余計なお世話かな。
向日君を見下ろすと、ぽかんとしていた。美形の間抜け面ほど可愛いものはないね。
ひとまず腰を下ろし、向日君に「よろしくね」と言うと、「どうやって」と小さく呟くのが聞こえた。
……どうやって、か……。

「……どうやってだろうねぇ……」
「おい!」

どうやってかは考えてなかったなぁ。向日君から目線を外して言うと、鋭い突っ込みを頂きましたありがとうございます。

「とりあえずネットで調べようよネットで」

ありがたいことに、文明の利器がうちにはある。立ち上がり、窓際のデスクに置いてあるパソコンの電源を入れた。そして先生に聞く。

「んー……行き方とかは色々あるみたいだけど、向日君と同じパターンのはないなぁ……」

最初は訝しげな目で見ていた向日君だが、私がしばらくカチカチしてるのを見て「どれどれ」と隣に来た。

「あ、なんか、異世界に行くのをトリップって言ったりするらしい」
「旅行なんて気軽なもんかよ!」
「それを題材にした小説とかたくさんあるよー」
「トリップした側の気持ちも考えてみろよな……!」
「お、早速トリップって使ってんじゃん」

とりあえず詳しそうなサイトを適当に開く。……む。

「大変だ向日君」

パソコンに向かったまま向日君を呼ぶ。「な、なんだよ」と不安げな彼に続けて言った。

「あのね」
「おう」
「そのね」
「おう」
「えっとね」
「って早く言えよ!」

いいなぁ向日君、欲しいところに欲しい突っ込みをくれる。
私は、一息置いてから、言った。

「トリップした子を拾った人がその子の衣食住を確保するのがセオリーらしい」

「……衣食住……って」と向日君が息をのんだ。
ゆっくり顔を見合わせる。
なんとも言えない表情をした向日君に、私は言った。

「……あはー、向日君、ここに住む?」



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