04
何度見ても、何度瞬きしても、目の前にある表札は「高橋」だった。本当なら、ここには俺の家があるはずなのに。
ここに来る前までは、ひょっとしたら、大守さんが嘘をついてるのかと思ったけど。側に立つ電柱の板には、ご丁寧に、俺が書いた住所と全く同じ住所が書いてあった。
疑う余地もなかった。
俺は、俺の知らない世界に来てしまったんだ。
「……なんで……」
呟きながら、しゃがみ込む。
きっかけは多分、いや、間違いなくあの夢だ。あの夢が原因なんだ。そして、大守さんは、スイッチみたいなものだったんだ。いつもだったら、そのスイッチに触る前に諦めたから、俺はこの世界に来ることはなかった。けど、触っちまった。今日、触っちまったから、俺は……。
「……ごめんね」
ふと、頭に暖かいものが乗った。それは、確認するまでもなく大守さんの手だった。よしよし、と優しい手つきで撫でられる。
ふわふわと頭を滑る温もりに、思わず涙が出た。
「……私があの道を歩いてなかったら、こうはならなかったかもね……」
そうだよ。お前があんなとこ歩いてたから。俺の夢に出てきたからだよ。
そう言いたいのに、嗚咽して上手く言えなかった。
しまいには抱きしめられて、俺の涙に比例するように、大守さんの腕の力が強まった。
訳わかんねー夢見て。いつも変な終わり方して。もやもやして。やっともやもやがすっきりしたと思ったら、知らない場所にいて。俺の家もなくなってて。
なんだよこれ、悪夢かよ。
「……胡蝶の夢……」
ふと、頭上で大守さんが言った。抱きしめられたまま見上げると、目が合う。
大守さんは「あー、いやー」と目線を泳がせた後、笑った。
「なんとなく思い出しただけなんだけどね、君は胡蝶の夢って知ってるかな?」
ゆるゆると首を横に振る。
「なんかね、男が蝶になる夢を見るんだよ。蝶になりきってひらひら飛ぶんだけど、起きて気づくんだ。今、人間である自分は、果たして自分なのだろうか。ひょっとしたら、今の自分は蝶である自分が見ている夢なんじゃないか……って」
言ってから、大守さんは恥ずかしそうに微笑む。
「この人が言いたいこととはちょっと違うけど、大事なのは、君は君って事かな。夢と現実の区別が付くなら君は大丈夫だ。絶対にいつか起きられるよ」
さっき夢なわけないって言った私が言うのもアレなんだけどね、と、大守さんが付け足す。
「この世界は、私にとっては現実でも、君にとっては夢なんだもんね」
すっと立ち上がり、「だったら」と大守さんは俺に手を差し伸べた。
「……どーせならさ、悲しい夢じゃなくて良い夢にしようじゃないか、少年!」
悪夢も吹っ飛ばすような底抜けに明るい笑顔を向けられて、俺も思わず笑った。
この世界が夢だなんて到底思えなかったけど、少しだけ気が楽になった。
柔らかい手を取り、立ち上がる。
「つーか大守さん、まじで何歳なんだよ」
「あは、想像にお任せしまーす」
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