03
「いくつか質問するから、可能な限り答えてねー」
カバンからペンとスケジュール帳を取り出し、言った。本当はメモとかあればよかったんだけど、スケジュール帳しかなかったから仕方ない。
ちなみにメモを取るのは癖だ。文字にしないと、なんだか落ち着かない。
ペンをクルクル回すと、緊張した面持ちで向日君は頷いた。
「やーだそんな緊張しないで! 面接じゃないんだからさー」
ほらジュースも飲みな、と私のコップを渡したが遠慮された。ババアとの回し飲みは嫌ってか。
……さあ、まずは、と。
向日君があそこにいて、私に声をかけた理由はもうすでに聞いてあるし、今度は君自身のことを聞こうか。
前置きの後、私はテーブルに身を乗り出した。
「じゃあね、向日君は何年生かな?」
「中学3年生」
「えー、じゃあ15とかそんなん? 若いなぁー」
スケジュール帳のメモ欄に「向日岳人 中3」と走り書きする。
「次。どこ中?」
「ヒョウテイ」
「……む、ヒョウテイ?」
聞いたことないな。私が学校事情に疎いだけかもしらんが。
漢字を聞くと、「氷帝」と書くそうだ。「かっこいい学校じゃん」と言うと、誇らしげに笑う向日君が可愛かった。
「じゃー、向日君の住所は?」
正直、これを聞くことが一番の目的だった。
家まで送ることが出来るし、返答によっては、笑い事じゃすまなくなるかもだけど。
流石にファミレスで住所を言わせるのもなんだったから、スケジュール帳とペンを渡して書いてもらう。
せっせと小さな紙に書く向日君は、少し不安げな顔をしていた。
「……書けたぜ」
「どもー」
スッとスケジュール帳を引き寄せ、お世辞にも綺麗とは言えない字を目で追った。
……めまいがした。
これで、確定してしまった。
「……向日君さ」
落ち着いた声で彼を呼んだ。笑顔が消えたであろう私を見て、ますます不安そうになる向日君。それでも私は、言葉を続けた。
「実は私のストーカー……とかじゃないよね」
目を見張る向日君を尻目に、私はスケジュール帳の字をなぞった。
「ここ、この住所……私のアパートのすぐ横、なんだわ」
目の前の彼が息をのむ。嘘だろ、って顔してる。きっと、彼が知っているこの住所の隣には、アパートはないんだろう。更に言葉を続ける。
「……その家の人、昔から高橋さんていうんだよ……向日じゃない」
言うと、彼はぽつりと「……意味わかんねえ……」とだけ言った。
……わかってる。彼がストーカーな訳がない。だって、さっき初めて会った向日君は、本当に私を知らなかった。
夢を見ただなんだと嘘を言ったとして、私の隣の家の住所をわざわざ書く理由もない。
彼は、全部本当のことを言っているんだ。
「……行こう、向日君」
立ち上がると、今にも泣きそうな向日君が私を見上げた。
「君の目で確かめた方がいい」
手を差し伸べると、しばらく躊躇うような仕草をした後、私の手を取った。
その仕草に、きっと、彼も薄々わかってたんだろうと思った。
彼が、この世界の人じゃないということを。
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