Fly In The Sky! | ナノ

01


「あー……疲れた……」

くああ、と大きな欠伸をしながら猫背で歩く。
現在の時刻、6時12分。
私、大守紗世は今、徒歩10分の距離にあるコンビニの夜勤帰りです。朝日が眩しいぜ。
この時間帯は、住宅街にも関わらず人通りが少ない。いても精々ジョギングだとか犬の散歩だとかで、なんだか閑散としている。初めて夜勤明けにここを歩いたときは無性に寂しさを覚えたが、最近はすっかり慣れてしまった。そして今では、この風景が、ちょっぴり好きである。
もう一度欠伸をして、歩く速度を速めた。
今晩も夜勤だから、早く帰って寝たい。
ベッドが私を待ってるーなんて馬鹿な事を考えていたら、後ろからドタドタと激しい足音が聞こえた。ジョギングにしては体力を使いそうな走り方なので、散歩中の犬が走り出して、飼い主が追いかけているとみた。
ご近所迷惑だな、と肩を竦めたとき。

「おい! お前!」

強い力で肩を掴まれ、後ろに引かれた。その反動で私の体は反転し、後ろを向く。
そこにいたのは、息を切らしながら私の肩を強く掴む、赤い髪の男の子だった。
Tシャツにハーフパンツ姿。この子がわんこの飼い主かな、と辺りを見回したが、犬は見当たらなかった。散歩中じゃなかったらしい。
男の子は息を整えると、今度は「よっしゃー見れたー!!」と万歳をした。なんだなんだ。
何がなんだかわからなくて首をひねると、満足げな男の子は私の顔をジロジロ見ては肩をポンポン叩く。だからなんなんだ。

「いやー思ってたより子どもっぽい顔だな!」
「……んん?」
「身長高いから大人の女性って感じのイメージだったんだけどなーちょっとがっかり」

なぜか私の品評を始めたぞ。なんだこのガキ。
段々不機嫌になる私をお構いなしに、コイツはベラベラ喋りまくる。

「これでこの夢見んのも最後かなー。あ、お前名前とかあんの?」
「え?」
「あーやっぱない? 俺の夢だもんな、俺が知らなきゃ知らないよな」

うんうんと納得する彼。
何言ってんだろう。夢? 俺の夢?
とりあえずなんか馬鹿にされてるみたいだから、彼の頭頂部に一発げんこつ食らわせた。

「って! 何すんだよ!」
「私は大守紗世ってーの! 名前がないわけないでしょーが」

失礼しちゃうわっとわざとらしく怒ると、男の子はポカンとした顔で私の名前を復唱した。

「聞いたことない名前だな……」
「今初めて言ったからにー」

言ってから、私はまた歩き出した。
これ以上この子と話しても、貴重な睡眠時間が減るだけだ。
じゃあねーと手を後ろに振ると、その手をがっしりと掴まれた。もちろん、赤髪の男の子に。

「ちょ、待ってくれよ!」

怒ったような、焦ったような、強い声に私は振り向く。

「あは、手ー離してくんないかなー?」

掴まれた手をぷらぷら振ると、男の子は「やだ!」と叫ぶ。ご近所迷惑な子だな。
しっかりと目を合わせて「どうしてかなー?」と子どもに言い聞かすように言うと、彼は後ろを振り返った後、言った。

「……起きれない、んだけど……」
「……はい?」

起きれない? なんのこっちゃ。朝の話?
首をひねると、焦ったように男の子は言った。

「いや、いつもは、お前に辿りつく前に振り返ると夢が覚めるんだけど、お前に会ってからの起き方がわかんねーっつーか……」

訳が分からず、「ねえ、ちょっと待って」と制止した。

「さっきから夢とか起きるとか、何言ってんの?」

言うと、何言ってんだコイツ、みたいな顔をされた。
むすっとした顔をして、彼は言う。

「だから、これは俺の夢の中で、お前は夢の覚め方知らないかって聞いてんだよ」
「……はああ?」

今度はこっちが困る番だ。
夢? 今、この時間が? この子の夢?

「いやいやいやいやありえないっしょ」
「は?」
「あのねお坊ちゃん。私はね、さっきまでバイトしてたんだよ。お客の相手もしたし、廃棄の商品もこの通り持って帰ってきてる。まさしくこれは現実だよ」

でも、と口ごもる彼に、ゴツンとげんこつをお見舞いする。

「いってえ!」

何すんだよ! と噛みつかれる前に、私は殴った所を優しく撫でた。ぽかんとする彼に、一言。

「ね? 痛かったでしょ?」

撫でながら言うと、私の言わんとすることがわかったのか、訝しげに細められた目がみるみる見開き。

「……あああああああああああ!!!」
「……あはー、うるさい」

今朝一番の大声を上げたのだった。
ほんと近所迷惑な子。


prev:next
bkm