07
前回までのあらすじ。向日君に盗撮したのがばれたと思ったら私の勘違いでした。
なにやら帰ってきてから彼の様子がおかしかったから、てっきり写真のフォルダを見られたと思っていたというのに。
「落ち着いて状況を整理しましょう」
ぴっしりと正座をすると、向日君もそれにならってあぐらをかいていた足を組みかえる。
彼が正座したのを見届け、よしとうなづいた。
「あなたは私の携帯を見たと言いましたね。それはなぜですか?」
その口調はなんだと言いたげな向日君だったが、すぐに「9時にアラームが鳴ったから、それを止めたときに」と答えた。
私は、え、アラーム? と携帯を操作する。設定画面を見ると、確かに9時ちょうどのアラームが設定されていた。これはバイトから帰ってきて仮眠をとったとき用のものだ。いちいち解除するのがめんどくさいため設定したままにしていたが、そのことをすっかり忘れて向日君に携帯を貸してしまっていた。これは私が悪い。
「あー、で、アラームを解除したあと、あなたは何を見たんですか?」
彼氏がどうのとか言っていたので、誰かとのメールでのやりとりでも見たのだろうか。と思っていたら、向日は申しわけなさそうに一言。
「待ち受け」
待ち受け。なるほどとうなづく。そらアラーム解除したら見えちゃうよね。
「他には?」
「いや、そんだけ」
「は? そんだけ?」
聞き返すと、真面目な面もちで向日君がうなづいた。
じゃあ彼氏うんぬんってもしかして、と携帯を開く。そこには相変わらず兄の写真が表示されている。
当時の兄は野球部を引退した後で、丸刈りにしていた髪を伸ばしていて、妹の私が言うのもあれだがそりゃあもうかっこよかった。ついでに言うとこの頃の兄は18歳だが、日焼けをしていたり身長も高かったりして大人びて見え、知らない人には大学生くらいと勘違いされていた。一緒に出かけた際に、私に兄がいることを知らない友人とはち合わせして「こんなイケメンな年上彼氏いたの!?」と驚かれたこともある。
「……ああ、なるほど」
……つまり、そういうことである。
結論にいたった私は、こらえきれなかった笑いを「ぶふっ」と漏らした。きょとんとする向日君を尻目に、私は大笑いをする。
「な、なに笑ってんだよ!」
ひいひい笑う私に、向日君は「ちゃんと説明しろ!」とぷんすこ怒った。なんとか呼吸を落ち着かせて、涙を拭いながら携帯を操作する。出てきた写真を向日君に見せた。私と兄がうつった写真である。
「そ、それ、私の兄ちゃん! 向日君が見た待ち受けも、兄ちゃんだよ!」
息も絶え絶えに、なんとか説明をする。やばい、笑いすぎて腹筋がつりそう。
写真の中の私と兄を見比べた向日君は「た、確かにちょっと似てる……」と納得したようだ。しかし納得したところで、引いたような目で私を見る。
「……紗世さんブラコンかよ……」
その一言で、さらに私は大笑いした。よく言われるが、私はブラコンではない。
「違う違う、茜君……あ、兄ちゃん茜っていうんだけど、昔っからめちゃくちゃ運がいいわけよ!」
運がいいどころの話じゃない。商店街のクジではハズレを引いたことがないし、絶対無理だと言われていた高校には定員割れで合格するし、兄ちゃんが野球の試合の日は必ず過ごしやすい天気になるし、同点でジャンケンで勝敗を決めるときは必ず勝つ。ここぞというときには勝利の女神を骨抜きにしてしまう、それが大守茜だった。
そんな兄の運が一番よかったのがちょうど18歳の頃で、当時は兄の写真を待ち受けにすると運が上がるとまで言われたのだ。実際に待ち受けにした人の話を聞くと、恋人ができたり、難関だといわれていた大学に合格したりと御利益があったらしい。それで、半信半疑ながらも「ちょっととらせて」「いいよ」と写真を撮らせてもらったのが、今の私の待ち受け画面なのである。
説明し終えると、「なんだそりゃ」と向日君がベッドに頭を沈めた。
まだ笑いが収まらない私は、早速兄に「茜君、私の彼氏と勘違いされたよ!めっちゃ久しぶりに!!」とメールする。
「いやあそっか、向日君私に兄ちゃんがいるって知らないもんね!」
よしよしと赤い髪を撫でると「まじで家出てったほうがいいか悩んだんだけど」と唇を尖らせる。そんな向日君の頭をわしわしと力強く撫でた。
「だから最初に言ったじゃん、彼氏はいたことないしできる気もしないって!」
「でもよぉ……」
「しかも私嘘つけないタイプだから、もし彼氏いたとしてもすぐゲロるだろうし」
実際に、兄が楽しみにしていたプリンを盗み食いしたとき、罪悪感に負けて兄に気づかれる前に白状した。「こっそり買いなおせばよかったのに」と笑いながら許してくれた。
疲れたのかしてぐったりする彼の頭をぽんぽんと軽くたたく。
「ややこしいことしてすまなかったね」
謝ると、私から目をそらして「……ん」とうなづき、かけ布団をかき集めてぼふっと顔を埋めた。
しばらく布団をもそもそしていた向日君だが、なにを思ったかかけ布団を頭からおばけのようにかぶった。機嫌がなおったのだろう、ひょっこりと布団から顔だけだして、「あー……彼氏じゃなくてよかった」と破顔一笑しながらベッドに寝ころんだ。
その笑顔があまりにも可愛くてすわ天使さんかと声を荒らげそうになったが、「このベッド好きだから離れたくなかったんだよなー」との至福そうな声を聞いて、思わず「ベッド目当てかーい」と棒読みでつっこんだ。
***
兄の名前は前から決めてた茜さんです。もし閲覧者様に「あかね」さんがおりましたら、兄の名前も変換できるようにしたいと思いますのでご一報ください。
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