Fly In The Sky! | ナノ

06


コックをひねり、シャワーからまだお湯になっていない水を出す。それを少し火照った体に浴びせた。
ザーザーと水がしたたる中思い出すのは、大守さんの携帯の待ち受けのことだ。画面に長方形に写し出されたのは、健康的に焼けた肌に、真っ白な歯を見せて笑う好青年。肩幅もしっかりしていて、いかにもモテそうな顔つきをしていた。
ただの水が、徐々に湯へと変わる。頭からそれをかぶり、髪になじませた。
確信している。あれは確実に、大守さんにとって特別な男だ。例えばそう、彼氏とか。けど、彼氏なんていたことがないと言っていた。
シャンプーを頭の上で泡立てる。
兄貴かとも思ったが、兄貴を待ち受けにする女なんているのだろうか。いたとしたら正直……いや、かなりぼかして言うと、驚く。
男友達だったとする。けど、ただの男友達を待ち受けにするだろうか。大守さんはそんな人じゃない。と思う。
温かいお湯で泡を洗い流す。
芸能人とか? それならありえるかもしれない。好きな俳優やアイドルを待ち受けにする人もいるだろう。でも、あの画像の感じは「芸能人」って感じじゃあない。「ちょっと撮らせて」「いいよ」と日常的な場面で撮ったような雰囲気だ。背景はそこらへんにあるような草むらだったし。
ううん。体をボディーソープで泡だらけにしながら、うなった。
あーだこーだと考えていても仕方ない。直接聞く! これしかねえ。
シャワーを思いきり全身に浴び、泡を洗い流す。
なぜこんなに大守さんの待ち受けのことが気になるのだろうかと考えたが、姉や妹に男の影があったら気になるアレと同じ原理なのだろうと思いあたった。


新しい服に着替え、居間に行くと、ガラスのコップが2つ置かれた小さなテーブルのそばで、大守さんが三角座りをしていた。

「あ、おかえり向日君。ささ、ぐいーっと!」

昨日も俺が使った青いラインのコップを差し出す。それを立ったまま受け取った。
ガラスの中の液体は半透明で、スポーツドリンクだということがわかった。

「大守さんってスポドリ飲んだりするんだな」

スポーツをしていたことは知ってるけど、どうも今の大守さんだとお茶か水なイメージだ。
なんか意外だと呟きながら、ぐいっと喉に流し込む。

「いや、私じゃないよ。別の人間」
「べ、別の?」

コップのふちから口をはなして聞くと、「野球のガキどもに差し入れたりねー」と笑う大守さん。
なるほど、あのチビたちにか。てっきりあの待ち受けの男にかと思った。
なるべく平常心をよそおいながら用意された座布団に座り、「ふうん」と鼻を鳴らした。再びコップに口をつける。

「あ、次いつ練習試合するんだろ」

呟きながら、テレビの前に置かれた携帯を手にとり、ぱちんと開いた。
反射的にびくりと揺れる俺。今、大守さん、待ち受け見たよな。
しかし大守さんは待ち受けを見てもなんのアクションも起こさず、そのままカチカチとキーを操作した。
まあそりゃあそうか。携帯を開くたびにいちいち反応はしないか。

「まだ先か……ん、どうした?」

半目のまま携帯を見つめていると、それに気がついた大守さんが俺を見た。

「あ、いや、なんでもない、うん、なんでも」

慌てて弁解したが、顎に手を添え、小難しい顔をした大守さんが「さっきからあやしいですなっ」と俺をじろじろと眺めた。

「いや、まじでなんもねえし、携帯とか見ちゃってねえし」
「君は可愛いくらいバカ正直だね」
「あっ」

しまった、と口をつぐんでももう遅い。「そっかそっか、携帯見たか」と苦笑いする大守さん。
さーっと血の気が引くのを感じた。それは、携帯を見てしまった罪悪感と、見たものを詮索しようとした罪悪感からだった。自分から先に言うのと、先に相手にバレてしまうのとでは気持ちが全然違う。

「あー、そのー……」

ここからどう切り出したものかと頭を抱える。まず見てしまったことを謝ろうと顔を上げると、目の前の光景に驚き、目を見開いた。

「……大守さん……?」

大守さんが、両手を顔の前であわせて、ぎゅっと目をつぶっていた。

「黙っててごめん!」

勢いよく謝ったあと、こちらを伺うようにちらりと片目を薄く開けた。いたずらがばれた子どもみたいだと思った。

「謝る……ってことは……」

やっぱりあれは彼氏、だったのだろうか。彼氏がいたことを黙っててごめんってことか? なんかそれはそれでおかしくないか?
ぐるぐると頭の中で思い悩んでいると、観念したように大守さんが携帯を開く。
説明してくれるんだろうかとその様子を見ていると、なにやらカチカチと長い間操作している。
あれ? 待ち受けは? と首を傾げていると、すっと差し出される携帯。
そこに写っているものを見て、俺は絶句した。

「すみません……ついかわいくて……どうしても撮りたい衝動に駆られまして……我慢出来ませんでしたはい」

俺の寝顔が、画面いっぱいに写り込んでいたからだ。

「え……え、は、え? 彼氏は?」
「は? 彼氏?」

てっきりあの待ち受けの男が写っていると思っていた画面と大守さんを交互に見た。大守さんも、なにがなんだかわかっていない様子だ。

「え、なに、君、この写真見たんじゃないの?」
「いや見てねえ、初めて見たっつーかなに撮ってんだよ恥ずかしいだろ!」
「だからごめんって!」

消すから! と一度携帯を引き寄せ、操作し、もう一度見せられた画面には「削除しました」の画面。

「あーあ……可愛かったのに……」

至極残念そうな顔の大守さんに、俺は改めて頭を抱えた。
やっぱり謝罪はなしにして、まずは状況の整理をしようと必死に考えたが、頭が上手く回らなかった。





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