Fly In The Sky! | ナノ

05


向日君がランニングへ出掛けてからというものの、私はひたすら固定電話の前で彼からのヘルプを待っていた。
というのも、ただ単純に心配だからだというわけではない。絡む相手がいなくて暇なのである。
普段こういった暇な時間は、だいたい誰かと携帯で連絡をとって過ごしている。兄貴だったり、友達だったり、クマさん先輩だったり。
クマさん先輩とはつまり、私が働いているコンビニにいる、目の下のクマがやばい先輩のあだ名である。あだ名だけ聞くと頑丈で屈強そうだが、実物はひょろくて長くていつも野菜ジュースを飲んでいる草食系男子なのである。
この前、野菜ジュースより栄養があるだろうと思い栄養ドリンクを差し入れると「俺炭酸無理なんだわ」とうつろな目をされた。そんな20代半ばの男だ。
このクマさん先輩、実はいじるとかなり面白い。以前、某メイとサツキの都市伝説を聞かせたときには、びびりにびびりまくってDVDのパッケージを見せただけで泣いた。某謎の駅の話を聞かせたときには、一人で電車に乗った際に急に怖くなって、そばにいた全く知らないゴツい男の人に抱きついてしまったのだという。その後どうなったかを聞こうとすると、私から目を反らし童謡をエンドレスで歌いだしたので、二度と聞かないことにした。
とまぁ、そのような素晴らしいいじりキャラとの連絡が今はとれないので、めちゃくちゃに暇なのである。
携帯以外の連絡手段としてのパソコンはあるにはあるが、相手のアドレスが入っていない上に相手もこちらのアドレスを知らないため、ほぼ役に立たない。

「暇だー」

呟いてみてもなにも変わらない。
いっそ固定電話を持ち歩けるのなら散歩に出たいし、本末転倒だが電話を待たなくていいのなら今すぐ寝たい。
あいにくゲームをしたり読書をしたりというのには今は興味がない。一昨日までに制覇し尽くしたのだ。向日君がでかけるとわかっていたら、今日までやらずにとっておいたのに。無理な話ではあるが。
というより、私が向日君について行けば良かったのではないだろうか。そうだそれだ。意外と盲点だった。次からはそうしよう。
固定電話の前で正座するのに飽きたため、クローゼットの中からシーツや枕カバーを取り出した。ベッドが、向日君が起きてからメイキングされていないままなので、整えておこうと思ったのだ。どうせ今日もこのベッドは向日君が使うのだし、よそ様の大事な子を預かる身としては、なるべく綺麗なところで寝かせてやりたい。
しかしふと、シーツを張り替えながら思った。私ってどこで寝るんだろう。
うちにはソファーがない。あれがあれば私の寝床となるのだが、あいにく人が眠れるような場所というのはベッドぐらいしかない。座布団があるのと、予備の掛け布団があるので、それを使えばなんとかなるだろうか。となると、テーブルやカラーボックスなどは部屋の隅に遠ざけておかなければならない。なぜなら、私の脅威的な寝相のせいでなぎ倒してしまうかもしれないからだ。朝、向日君が起きたときに、あまりの散らかりように空き巣にでも入られたと勘違いさせてしまっては申し訳ない。
メイキングを終え、古いシーツなどを玄関近くに設置してある洗濯機に放り込みながら、今晩の計画を練った。
まず、向日君を先に自然な流れでベッドで寝かせ、ぐっすりと眠りについた頃合いを見計らってささっとテーブルなどの家具をすみに移動させる。それから、静かに、かつスピーディーに予備の掛け布団を引っ張り出し、床に座布団を二枚ほど敷き、電気を消して寝る。そして、向日君が起き出す前に私が起きて、床で寝ていたという証拠を隠滅する。
完璧だ。

「よし、いける……」
「なにが?」
「うっぷす!!」

突然の背後からの声に、肩を震わせる。振り返ると、玄関の扉から顔をにょっきりと出した向日君がいた。
しまった、私としたことが、鍵を閉め忘れていたのか!

「む、向日君! ただいま!」
「おうおかえり……って逆だろ逆」
「あ、そか、おかえり……」

半ば呆けながらドアを支えてあげると、にこっと笑いながら「ただいま」と入ってきた。綺麗に切りそろえられた前髪が、汗でおでこにまばらに張り付いている。

「迷子にならなかったんだね。結構走った?」
「ん、まあな」

靴を脱ぎ、丁寧に角にそろえる。
昨日の轍はさすがに踏まないらしい。

「けど、ほとんど昨日通ったとこばっか走っちまった。やっぱ知らない道はびびるわ」
「そりゃそうだよ」

「あちー」と向日君が脱いだ靴下を、すでに回り始めている洗濯機の中に入れるように指示する。

「あ、なんか冷たい飲み物用意するからさ、軽くシャワー浴びておいで」
「いいのか?」
「だって君汗かいてんじゃん。そのままだと気持ち悪くない?」
「あー、んじゃ、お言葉に甘えて」

タオルと着替えを取るため、居間へとぺたぺた歩く向日君。先ほどの独り言については深く追究されないらしい。
向日君の後ろを歩いていると、居間へと通じる扉の前で彼が振り向いた。

「なあ」
「な、なに?」

必要以上にびくびくしている私に首を傾げつつ、彼は後ろポケットの中をまさぐった。よいしょと引き出されたのは、私の携帯だ。

「これ、返しとくぜ」
「結局使わなかったね」

固定電話の前で、忠犬のように電話を待ち続けていた自分を思い出し、苦笑いしながら受け取る。すると、向日君が「ま、まあな」と歯切れの悪い様子で言った。どうしたのだろう。

向日君がお風呂へと向かった後、誰かから電話でもあったのだろうかと履歴を見た。
誰からもなにも来ていない。少しむなしくなったが、じゃああの様子は一体なんだったのだろうかと考える。
着信履歴を閉じると、待ち受け画面に設定していた画像が現れる。
そこには、一人の男――私の兄貴が、私を眩しい笑顔で待ち受けていた。



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オリキャラパレードすみません


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