03
ひとしきり向日君を愛でた後、私はテーブルの上に乗せられたLLサイズの袋の存在を思い出し、手にとった。その中に詰まっている、持って帰ってきた廃棄品を、見せびらかすようにテーブルに一つずつ並べる。私のなでなで攻撃やこちょこちょ攻撃にベッドでぐったりとしていた向日君が顔をあげ、それを見て目を見開いた。
「たいりょうだ……」
彼の言うたいりょうが大量だか大漁だか大猟だかはわからないが、その様子があまりにもあどけなくて不覚にも萌えてしまった。
「買ったのか?」
「まさか。廃棄だよ廃棄。捨てるやつだからもらってきたの」
ほら、と手近な商品を手にとり賞味期限を見せると「はぁー」と感心したように目を輝かせた。
「コンビニっていいなぁ、タダ飯食い放題じゃん」
「まーでもコンビニ食ってそんなにたくさん食えるもんじゃないよ」
そんなもんか、と向日君はベッドの上であぐらをかいた。
「いいな、俺にもくれよ大守さん」
「もちろん、君の朝ご飯のためにもらってきたんだし。むしろ私にもちょうだいねって感じ?」
「そうなのか? じゃー遠慮なく」
ひょいと私の前にしゃがみこんだ彼が、商品をがさがさと漁った。その中の一つを手にとり、ぱああと顔を輝かせる。
「納豆巻きあんじゃん! もーらい!」
「おーおーもらっちゃいなもらっちゃいな」
私はフルーツサンドーとピンク色の袋をつまみ上げた。
そのほかにも普通のサンドイッチやおにぎり、サラダ、パン、果てにはデザート類まである。夕勤の人たちが持って帰らなかった分ももらってきたから、本当にたいりょうだ。
「他にももらっていいのか?」
「食べたいだけ食べなー」
よっしゃあ! と向日君は両手でガバーっとテーブルの上にある商品を抱え込んだ。ブルドーザーを思い出した。
彼は、かき集めたうちの一つである惣菜パンの袋をバンッと豪快に開けながら言った。
「あ、大守さん、これ何個か食ったらちょっと走ってきていいか?」
「いいけど……道わかる?」
「んや、全然。この辺の道、俺んとこと似てるようで似てねーの」
まず俺んちがない時点で道については諦めた、同じ名前の違う街だと思うことにした、とパンを貪る向日君。
「だからさ、散策ついでにどうかなーって」
そんな彼に、私は思いっきり顔を歪める。
「大丈夫? 迷子にならない? 泣かない?」
「泣かねーよ!」
「えーなんだ泣かないのかー」
泣いた向日君可愛いのに。口をとがらせながら言うと、向日君が思いっきり顔をしかめた。
「大守さんって、俺のことすげー子ども扱いしてね?」
「してるよ。だって君まだキッザニア行けるもん。キッザニアを卒業してこそ立派な大人だ」
ぐしゃりとフルーツサンドの袋を丸め、「ダンクシュート!」と言いながら手を伸ばしてゴミ箱に入れる。
腑に落ちないらしく、彼はむすっとしていた。それを見かねて、私はため息をついた。
「とにかく、走りに行くのは許すけど、君にはこれを授けておこうじゃないか」
そう言いながら、私は充電器に繋げていた携帯電話を向日君に渡した。
「携帯?」
「私のね。君が出かけるときだけ貸してあげる」
白くて薄いそれを、彼は手の中でぽんぽんと軽く弾ませた。
「もし迷子になったら【自宅】って登録してある番号にかけてきて。すぐ迎えに行くから」
ちらりと私を見たあと、けどよ、とおずおず携帯をテーブルに乗せる。
「こんなプライバシーの塊、俺なんかに渡していいのか?」
「まぁ君だからいいかな。幸い、私に電話をかけてくるような彼氏もいないし」
かかってきたとしてもバイト先からだろうし。中身も、そんなに見られちゃまずいものとかないし。あ、いや、あるな。でもそれをほのめかすようなことを言ったら、この子は絶対見るし、絶対怒る。言わないことにしよう。
「扱い方はわかるね?」
「わかるけど、なるべく使うことにならないようにする」
「良い子でよろしい」
微笑みながら、何か固い決心をしたような面持ちの彼の髪を片手で撫でた。最初は照れつつも嫌がっていた向日君だったが、そのうち携帯を俯くように見つめながら、されるがままとなった。
prev:next
bkm
←