Fly In The Sky! | ナノ

01


目が覚めると、見たことのない天井が俺の視界を覆っていた。あれ? と思いながらも固まった体を寝ころんだまま伸ばし、深呼吸をした。俺のじゃない良い匂いがして、あ、大守さんだ、とひらめく。大守さんの家にいたんだ俺。
がばりと起きあがると、一気に体重が尻にかかり、柔らかいベッドが少し沈んだ。

「……まだ帰ってねえか」

時計を見ると、針は5時前を指していた。大守さんが帰ってくるの何時だっけ。そういえば、昨日大守さんと初めて会った時、バイト帰りだって言ってたな。ということは6時過ぎには帰ってくるかな。
んーっともう一度伸びて、ベッドから降りた。昨日寝るの早かったし、ベッド気持ちよかったし、かなり疲れがとれて目覚めもすっきりだ。なにか夢を見たような気がするが、目が覚めた途端忘れてしまった。まぁいいか。
ふとテーブルの上に目がいった。そこには使っていない歯ブラシとメモが置いてあった。俺が使って良いらしい。そういや昨日歯磨かずに寝ちまった。虫歯になってないと良いけど。
俺は真新しい歯ブラシを持って洗面所に向かった。大守さんは本当に几帳面な性格らしく、部屋の隅々まで綺麗に整頓されていた。それは洗面所も例外じゃなく、埃一つ無い真っ白な洗面台を見て俺は舌を巻いた。俺も見習おうと思った。
ひとまず口の中をすっきりさせた後、俺は妙な緊張感と共に冷蔵庫を開けた。そこには目当てのもの、おにぎりが入ってあった。大守さんが置いていったメモには「お腹が空いたら冷蔵庫のおにぎりをチンして食べてください」とも書いてあったのだ。他人の部屋で、しかも住人がいないのに電化製品をいじったりするのは本当に心臓に悪い。なんで悪いことしてる気分になるんだろう。そう思いながら、俺は電子レンジがおにぎりを温める様をぼんやりと見つめていた。
いくつかおにぎりを腹に入れ、すっかり手持ち無沙汰になった俺は昨日の夜のことを思い出した。
昨日、大守さんが家を出ていくときに言った言葉が、未だに耳に残っている。言葉が、というよりはその言葉が持つ余韻というか、雰囲気が。「いってきます」だなんて普段は聞き慣れた言葉だ。けど、たまたま目が覚めてドア越しに聞いた大守さんの「いってきます」は、何故か妙に引っかかった。寂しそうというか、投げやりというか。そのせいで、俺に言ったのかそれとも独り言だったのかがわからなく、返事をするのに時間がかかってしまった。しかも、「いってらっしゃい」じゃなくて、「おう」。
「いってらっしゃい」だなんて俺が言う資格あんのかな、とか、俺に言われて嫌な気持ちになんねえかな、とか、柄にもなく気を遣っちまった。結局喉から絞り出せたのは「おう」の一言で、大守さんが家を出ていった後自己嫌悪に浸った。「おう」って。なんで上から目線なんだよ。だったら言わずに寝たふりしてた方が何倍も増しだったろ、と。その後眠気に負けて寝てしまったが、まだ昨日の悔いは残っていた。次に大守さんがバイトに行くときは、絶対に「いってらっしゃい」を言おうと思った。
あと、帰ってきたときにも。大守さんが「ただいま」って言う前に、「おかえり」って言ってやる。
俺はそんな決意を胸に、きっちりと一定に時間を刻む時計と一時間ほど睨めっこを続けたのだった。


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bkm