Fly In The Sky! | ナノ

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帰宅後、私はすぐさま向日君をお風呂場へ追いやった。理由は「ドロドロだったから」。数時間腕白盛りな子ども達と遊ぶだけで白かった向日君の肌は日焼けはもちろんのこと泥や鉄錆で黒くなっていたのだ。
本日買った下着やらパジャマ代わりの服やらを押し付け、お風呂場に誘導する。彼が入浴している間に私は下拵えをしておいた唐揚げを揚げたり野菜を切ったりと晩御飯の支度をしようという魂胆だ。
風呂場からガタガタという音の後シャワーの音が響く。彼は綺麗な髪だから、シャンプーや水が髪質に合わなくてパサパサになってしまわなければいいけど。まぁシャンプーはともかく、水は仮にも彼の家の隣の水なんだから平気か。異世界といえど水質は変わらないはずだ。
冷蔵庫からキャベツを取り出しまな板に乗せる。晩御飯時に包丁を握るのは久しぶりだ。なんたっていつもコンビニの廃棄商品を食べていたからね。田舎の母ちゃんには申し訳ないがあなたの娘はあなたが危惧している通り栄養偏りまくってます。
少しつっかえつっかえになりながらキャベツを千切りにする。左は猫の手、とよく言うが猫の手にしたらキャベツが手から滑って逆に危ないので私は鷲掴み派だ。これで怪我をしたことがない私はある意味器用だと思う。
キュ、とシャワーを止める音が鳴る。上がってくる様子がないのでまだ洗っているのだろう。どうでもいいけどこの部屋結構音響くな。お風呂入るとき鼻歌歌う癖止めなきゃ。
キャベツを切り終えたら、次はトマトを切る。ミニトマトじゃなくて大きいトマトだ。本当はミニの方が好きなんだけど、この前噛んだ拍子に口から汁やら種やらが噴き出てしまいカーペットを汚したので、以来ミニトマトは本当に食べたいときしか買わないようにしている。
そろそろ味噌汁と唐揚げに取り掛かろう。母に良く「あんた大雑把すぎ。味噌が塊でワカメに張り付いてる。豆腐が崩れすぎて最早謎の固体」と言われてきた私の味噌汁だが、まぁ無いよりはマシだろうと作る。同時進行で唐揚げを揚げようとしたとき、お風呂場のドアが開く音がした。いいタイミングだ。この調子でいけば腹ペコ向日君を待たせずに作ることができそうだ。
パチパチと良い音を立てながら唐揚げを揚げていると、脱衣所のドアが開く。パジャマを着た向日君が髪をタオルで拭きながら「お、」と声を上げ、私の横に立った。シャンプーの良い香りが暖かい空気に乗って私の鼻を擽る。

「すげー美味そうじゃん! 俺たくさん食うからたくさん揚げてくれよ!」
「あはー、遠慮がないのは良いことだ」

「ドライヤーはベッド横の引き出しにあるから髪乾かしておいで」と言うと、彼は上機嫌でリビングへのドアを開けた。
こんな風に家で日常的な会話をするのは久しぶりだ。私が上京して一人暮らしを始めてから一年ちょっとしか経っていないが。それでも久しぶりに感じるのは、きっと私に家へ呼ぶような友達がいないからだろうか。ちょっと切ないな、と思いながら油の中の唐揚げをキッチンペーパーにあげる。
ブォーと鳴るドライヤー音が止まり「まだかー?」なんてドア越しに聞こえたので、思わず吹き出してしまった。




「うおっうめえ!!」
「あは、そりゃよかった」

美味い美味いと唐揚げを頬張る向日君はそりゃあもう可愛かった。ハムスターみたいで。

「お米おかわりは?」
「いる!」

空になったお茶碗を受け取り、台所へ行く。炊飯器の中の米をお茶碗に山盛りに移し、待ちきれずドアを開けてそこで待っていた向日君へと引き継いだ。

「肉と米だけじゃなくて野菜も食べなさいな」

彼の向かい側に座ると、向日君は一瞬こっちをちらりと見て、キャベツを箸でつまみ上げた。それはさながら南京玉簾のように細かく連なっており、なんとも不格好だった。

「……包丁は苦手なんだよね……」

向日君の冷たい視線を、手を翳して受け流す。本当に申し訳ない。アートだと思ってください。顔を俯けながら私も簾を口に入れた。


食べ終わると、時計はすでに7時30分を差していた。片付け終わるのは8時頃だろうか。そこからお風呂に入って、仮眠をとって、とお皿を片付けながら計画を立てる。向日君が「手伝うぜ」と言ってくれたが、生憎うちは狭く二人が同時に動くと逆に邪魔になるので丁重にお断りした。故に彼は今幸せそうな顔でベッドに腰掛けている。
食器を洗い終え、私はそんな彼に声をかけた。

「私9時45分から朝までバイトだから、向日君は私のことなんか気にしないでベッドで寝ててねー」

タンスから着替えを取り出しながら言うと、彼はばふっとベッドに埋もれた後「んー」と返事した。気に入りすぎでしょそのベッド。まぁふかふかだしね。
やっぱりまだまだ子どもだな、と小さく笑いながらお風呂場へと向かった。


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夢主は完璧にがっくんを子ども扱いしています。



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