Fly In The Sky! | ナノ

12


自転車の前カゴに買い物袋を突っ込み、サドルに腰をかけ、向日君を振り返った。

「さぁ、乗りな! 君の特等席だぜ!」

渾身の良い笑顔で言うと、心底腑に落ちない様子の向日君が荷台を跨いで座る。仕方ないさ、私の方が年も身長も上なんだから。

「荷台持ったら鉄臭くなるから持たない方がいいよー」

んー、という生返事を聞いた後、地面を蹴ってペダルを回した。
背中越しに、彼の元気がないことを感じる。きっと「ここは異世界だ」と改めて感じてしまったからだろう。彼は私に対して笑ってはいるが、彼自身自覚していないキョリというのがあるのだと思う。疎外感と拒絶。それがまだ、私達の中にはある。それを一日で払拭出来るとは思っていない。彼が楽になる分だけ、徐々に取り除いていけばいい。
シャコシャコと小気味良く鳴る自転車の音に耳を傾けていると、ぽつりと後ろから声がした。

「……重くねーのかよ……」
「んー? 重いって言って欲しい?」
「別に……」

拗ねてる拗ねてる。
実際は重くないことはないけど、それでもやっぱり軽い。男の子を乗せてるつもりで漕いでるからかな。女の子を乗せてるつもりで漕いだら、あ、ちょっと重いや。

「君はまだ成長期なんだからさ、そのうち私なんかびょーんと抜かせるよ」
「慰めなんかいらねーし」
「本心だってーの」

本当にこの年の子は成長が早い。それに、別にこの子が特別小さい訳じゃないと思う。だってまだ中3だし。こんなもんでしょ。

「……あ」
「ん?」

しばらく漕いでいると、小さく、カキンという慣れ親しんだ音が聞こえた。その音が聞こえてきたのは、グラウンドがある方だ。

「向日君! ちょい寄り道!」
「え、あ、おい!」

勢いよく右に曲がると、バランスを崩した向日君が私の肩をつかんだ。しかし、体勢を立て直した途端離れてしまい、肩には温もりが一瞬残っただけだった。
さっきよりも増してスピードを上げ、目的地へ急ぐ。近づくにつれ、気持ちのいい金属音と革の鳴る音、そして明るく空に抜ける子ども達の声が鮮明になる。グラウンドを仕切る緑のフェンスが見えたとき、後ろで向日君が呟いた。

「野球……?」

そう。このグラウンドは誰でも使えるため、学校が終わる時間になると子ども達が野球をしに来るのだ。そして丁度、今はその時間帯なのである。

「おーい少年達!」

自転車に跨がったままフェンス越しに声をかける。すると、私に気付いたちび助共が野球を中断して駆け寄ってきた。

「紗世!」
「紗世だー!」
「ん? 誰それ紗世の彼氏?」

フェンスをガシャガシャ鳴らしながらわいわいと騒ぐ子ども達。最初は私に群がってきていたが、私の後ろに見慣れない子がいるのが気になったのかしてじろじろと向日君を眺め始めた。きょとんとする向日君を見て、笑った。

「彼氏違ーう! 弟よ、おとうと!」

「初お披露目ってね」と同意を求めると、向日君はどもりながらも「おう」と肯定してくれた。それを見て、子ども達は口々に「やっぱりなー」と笑う。

「紗世に彼氏出来るわけないし!」
「この兄ちゃん紗世よりちょっと小さいし!」
「てか兄ちゃんイケメンだな! さすが紗世の弟!」
「こら! 私が彼氏出来ないのはまぁ良いとして年上の兄ちゃんに小さいとか言うんじゃないよ!」

フェンス越しに子どもにデコピンをかますと、隣で向日君が「彼氏云々は良いのかよ」と小さく言った。「事実だしね」と肩をすくめるとため息をつかれた。

「でも君は小さくないよ、私がデカいだけ」

あはーと笑うとその通りだとガキ共が一斉に頷いた。素直にも程がある。「あ、紗世、またノックしてくれよ!」
「皆下手すぎて試合にならないんだよなー」

私はいつもここに来るとこの子達の練習に付き合っている。けど、今日は向日君もいるし、ただ顔を出しに来ただけのつもりだからなぁ。
あまり興味のなさそうな向日君をちらりと見てから、「ごめんね」と断ろうとした時。

「行ってこいよ」

目線を私からずらしたまま、彼が言った。

「コイツら楽しみにしてるみたいだし」

言われて子ども達を見ると、期待に満ちた眼差しを私に向けていた。余談だが私は子どものこの顔が大好きである。

「……じゃあ、ちょっとだけ……」
「やったー!」

言うと、ガキ共は飛び跳ねて喜んだ。こちら側に回ってきた子ども達に腕を引っ張られながら、向日君に申し訳なくて彼を見やる。彼は自転車の荷台に腰掛けたまま、グラウンドをぼんやりと見ていた。

「……ねぇ、」

先頭で私を引っ張っていた子に声をかける。ちょいちょいと私の近くに来るよう指で合図し、差し出された耳に小声で耳打ちする。それを聞いた彼は笑顔で頷き、住宅街へと走っていった。



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