08
ひとまず一息ついた私達は、改めて自己紹介をすることにした。
「知ってると思うけど、俺、向日岳人。氷帝学園3年のテニス部レギュラー」
「テニス部? なんか意外ー」
あらまと目を丸くすると「くそくそ」と怒られた。それは口癖なのだろうか。
なんか質問していーぜ、とのことなので遠慮なく聞かせてもらおう。
「彼女いんの?」
直後、ずっこける向日君。なかなかいい転け方だねありがとう。
頭を勢いよく上げた彼が真っ赤な顔で吠えた。
「いきなりそれかよ!」
「だーって大事なことだし。君に彼女がいたら撫でにくいじゃないか」
「いてもいなくても撫でんな!」
「…………」
「な、なんだよそんな目で見んなよ……」
「向日岳人彼女ナシと」
側にあったメモ帳にスラスラと書き込むと、「決めつけんな!」と瞬時にペンを引ったくられる。
「じゃあいるの?」
「うっ……」
「……向日岳人彼女いない歴=年齢と」
「だから! ……あーくそ、もうそれでいいよ……」
ちょろいぜ。これで君の愛らしい頭を思う存分撫でられる。
がっくりと落とした向日君の肩を二三回叩き、次の質問を考えた。
んー。あんまり元の世界のこと思い出させたくないしなぁ今は。
「他は特にないかなー」
「結局彼女いるかどうかしか聞かれてねえんだけど」
「いいんだよ、他のことは徐々に聞くし」
テニス部のこととか、仲のいい子の話とかね。
心の中でそう言い、私は息を付いた。
向日君の目を見つめ直し、言う。
「じゃー次は私ね」
と言っても何も話す事なんてないんだけど。
とりあえず適当に言っとくか、と私は口を開く。
「大守紗世ーピッチピチのコンビニアルバイター」
「…………」
「…………」
「……そんだけ?」
「他に私の何を知りたいと言うんだい少年よ」
「歳とか」
「あーあーあーベッドが私を呼んでる」
「聞けよ!」
ふざけてベッドに突っ伏すと怒られた。
「怒られちったー」と座り直すと、心底呆れた顔で見つめられる。多分「どっちが年上なんだかわかったもんじゃない」って思われてるな。圧倒的に私が年上なんだけどね。身長も私の方が高いし。
「まー別に隠す理由もないか……」
「?」
「歳の話」
言うと、向日君はちょっと驚いたような表情をした。
「なんだい、あんなに知りたがってたじゃんか君」
「つーか理由も無しにあんだけ隠してたのかよ」
「オンナノコは年齢を気にするんだよ、オンナノコは」
なんで二回も言うんだよと不快そうな向日君。なんでかって? 大事なことだからだよ。
「……で、何歳なんだ?」
逆に何でこの子はこんなに私の歳が気になるんだ。教えてもタメ口から敬語に切り替わることはなさそうなのに。まぁ距離を測りかねてるんだろうなとは思うけど。
妙にわくわくした様子の向日君に、私は左手でピースを作り、右手でグーを作って見せた。
「……二十歳?」
「二歳にでも見えんの?」
ちょっと訝しげな向日君を「なんか文句ある?」と睨むと慌てて首を振られた。
そうじゃなくて、と彼は言った。
「あんまり自分のことババアとか言うからもっと上かと……」
「だーから君よりはババアなんだってば」
なんか元気もなくなってきたし。もう年かねぇと呟くと「そんなことねーって!」と慰められた。
くそっ同情するなら若さをくれ!!
よよよ、とわざとらしく泣くと向日君が私の肩を叩いた。
「し、心配いらねーって! 大守さん若いし……綺麗だし、い、いい匂いするし、年じゃねえって!」
「慰めてくれてるんだねありがとう、君も気遣いの出来る子だったんだね……君の優しさに、乾杯」
「いやだから!」
尚も慰めようとしてくれる向日君。しかし私は慰められれば慰められるほど落ち込むタイプだ。自分で言うなよってな。
「まぁそれはさておきだ」と真顔に戻ると「切り替え早ぇ」と呆れられた。人生オンオフが大事なんだぞ少年。
そんなことより。
「向日君、私、寝ていいかな」
「……は?」
いや、私夜勤明けなんだってば。これでも死ぬほど眠いんだってば。
そう言いながらベッドに寝転ぶ。
「……別にいいけどよぉ……」
「暇ならテレビ見るなりしていいから……んじゃ、」
おやすみ、と布団に潜る。
しばらくした後、向日君はテレビをつけたが、気を使ってくれたのかして音を小さくしてくれていた。
……あ、一つ言い忘れてたことがあった。
寝る前にもう一度私の寝相の悪さを知らせておこうと思ったが、その時にはもう私の意識は遠のいていた。
まぁいいか、いつかは知ることだし。
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