Fly In The Sky! | ナノ

07


「んじゃ、私肉買ってくるわ」
「あー悪ぃな、わがまま言ってよ」
「いーのいーの、唐揚げ大好物なんでしょ?」

俺の好物を聞くなり「今晩作ってしんぜよう」と言って玄関を出て行った大守さんを見送って、俺は息を吐いた。

なんかいろいろあって、大守さんの家に住むことになった。俺自身結構混乱してるんだ。詳しく説明なんて出来やしねえ。
……けど、一つだけ言えることがある。それは……。

「狭い……」

本当に狭い。この家。大守さんは1Kって言ってた。
1Kってあれだよな、1つの居間とキッチンだよな。これって二人で暮らす用じゃ絶対ない。文句を言える立場じゃないが、今までこんな部屋入ったこともなかったからかなり違和感がある。
けど、部屋を見回すとかなり綺麗に整頓されているし、物も少ないから、人が住む1Kとしては結構広いほうなんじゃないかとも思う。ごちゃごちゃした人の家に世話にならなくてよかった。
それでもやっぱり、狭いんだけど。
俺は大守さんがいないのをいいことに、盛大にため息をついた。
パソコンの前に置いてある椅子に座り、チラリとベッドを見る。
何が場所取ってるって、やっぱベッドなんだよな。こんな狭い家に住むくらいならこんなデカいベッド買うなよ。
……逆か? こんなデカいベッド買ったから、狭い家に住むしかなかったのか? まあいいけど。

「跡部なら、絶対部屋の圧迫感にやられて死にそうだな……」

……跡部、か。
ふと呟いてみて、少しだけ目の奥がじんとした。
大守さんは、この世界と俺の世界の区別がつくなら大丈夫、戻れるって言ってたけど、そんな保証どこにもないんだよな。今はまだ別世界に来た実感が湧かないから平気だけど、3日くらい経てばホームシックになっちまいそう。
……そういや、俺がこっちに来てから3時間は経ってるよな。ってことは、朝練も終わってるし今は授業中か。

「どーなってんだろ……」

やっぱり、俺がいないって騒ぎになってんのかな。……いや、もしかしたら家出だと思われてるかもしれない。家出常習犯だったし。心配はされてるだろうけど、本気で探されたりはしないかも。
……つーかレギュラー外されたりしねえかな……。それが一番心配だ。

「……っあー! テニスしてえ!」

テニスのこと考えたらテニスしたくなってきた。
気持ちを吐き出すようにばふっとベッドにダイブする。あ、すげーふかふか。俺んちにも欲しい。広いベッドでゴロゴロしていると、ふと声が降ってきた。

「……何してんの、向日君」
「うっ……大守さん!?」

いつの間にか帰ってきたらしい大守さんが、笑いをこらえきれない様子で立っていた。
慌てて起きあがるも、大守さんは吹き出しながら言った。

「ぶふっ……ベッド気に入ったのかい?」
「あ、いや、その……」

おう、と小さく返事をしたが、居たたまれなくなって「仕方ねーだろ、ふかふかなんだよ!」と叫んでしまった。
ほっぺが熱い。ぜってー顔真っ赤だ、俺。
俯いて顔を隠していると、いきなり頭をめちゃくちゃに揺らされた。大守さんに両手で撫でられてるっぽい。

「あーもう可愛いなぁ君は何最近の中学生って皆こんなに可愛いの!?」
「わ、ちょ、止めろって!」

ぐわしゃぐわしゃと乱暴に撫で回され、目が回った。
なんとか撫で撫で地獄から抜け出し、髪を整えると大守さんがちぇーと唇を尖らせた。

「目回るから止めろよな!」
「えー」
「えーじゃねぇ!」

全くどっちが年上なんだかわかったもんじゃない。
でも、ちょっとだけ元気出た、気がする。
この人とだったら、この世界もちょっとは寂しくないかもしれない。



prevnext
bkm