彼と私の人形奇譚 | ナノ

彼と私の人形奇譚


あれから私は、鳳君の手によって忍足侑士……忍足さんと仲直りさせられた。今後一切あの猫ちゃんには近付かないという誓約書を書かせたお返しだという。鳳君曰わく、仲良くすることは世界平和の第一歩らしい。しかし、そのせいか忍足さんが以前とは段違いなくらいに私に話しかけてくるようになった。猫抜きにして呪いたいレベルだ。
呪いと言えば、最近宍戸さんが私を避けているような気がする。とはいえ氷帝は生徒数も多く校舎も広いため、エンカウント率は以前から低かったのだが。それにしても、たまに会えばふいとそっぽを向かれてしまう。……もしかしたら、私がわら人形を作った理由が馬鹿馬鹿しすぎて怒ったのだろうか。しかし侮らないでいただきたい。私が作ったわら人形は、鳳君経由の日吉君の紹介で、一度お寺に持って行った。しかし私の相手を呪いたい気持ちが強すぎたのか、「早く持って帰ってください」と逆に頭を下げられてしまったのだ。それを忍足さんに言うと何故か満足げな顔をされたので、あの人はどこか気が触れているのだと思った。

放課後、私は鞄の中に丁寧に潜ませたわら人形を見つめながら歩いていた。やっぱりこれは宍戸さんが持っていた方がいいだろう。なくさないし、落とさないし、間違えて変な方向に動かしちゃったりしないし。そう思いながら、渡す機会をうかがっていたのだが、前述の通り避けられっぱなしである。
どうしたものかとため息をついたとき、どんっと肩に衝撃が走る。すみません、と顔を上げると、そこには茶色いキノコヘアーが。

「あ、日吉君……」
「なんだ、わら人形の女か」

その言い方は如何なものだろうかと毎度思うが、始めて会った時にわら人形を持っていたので、まぁ仕方ないことだと割り切った。

「ぶつかってごめんね」

日吉君に謝って先を急ごうとしたら、後ろから呼び止められた。

「待て」

振り返ると鋭い目が私をとらえた。

「……今日、宍戸さんとは会ったか」
「会ってないけど……」

そういえば今日は見かけなかったなと思いながら返事をした。それを聞くと日吉君は「そうか」とだけ言い残し、去っていってしまった。
なんだったのだろうと首を傾げながら私も歩き出した。
ふと気まぐれで、帰路につこうとしていた足を別方向へ向かわせた。なんとなく、テニスを見たくなったのだ。……いや違う、宍戸さんに会いたくなった。会って、再度謝って、この人形を渡して、また話がしたかった。最初は呪いが失敗して面倒になったなと思っていたけれど、案外宍戸さんとの会話は楽しかった。せっかく繋がった縁なのに、いつの間にかその縁が切れてしまうのは嫌だった。
テニスコートを目指して走ると、前方にいつの間にか見慣れた青い帽子が歩いているのが見えた。いつも隣にいるわんこは、今はいない。

「宍戸さん!」

呼び止めると、びくりと揺れ、こちらを振り返った。
側まで駆け寄り、息を整えた。はぁっと最後に息をつき、鞄の中を漁る。

「あの、宍戸さん、これ!」

わら人形を丁寧に取り出し、黙ったままの宍戸さんに差し出した。なかなか受け取らないので、宍戸さんの胸に押し付けた。

「やっぱり宍戸さんが持っていてください! 私じゃまた落としそうだし、宍戸さんが酷い目に遭うかもしれないから……」

ちらりと見上げると、彼の眉間には皺が寄っていた。

「あと、本当にごめんなさい!」

勢いよく頭を下げる。

「私の勝手な都合でこんな事に巻き込んじゃってすみません! ……でも、宍戸さんとは仲良くしたいんです! 避けないで!」

膝元で握った拳を見つめる。その手は震えていた。

「……加賀谷」

上から声がかかる。顔を上げろと促され、私は恐る恐る上体を起こした。目の前には、わら人形を見つめる宍戸さん。その視線を私にやると、彼は人形を私に突き出し、言った。

「これはいらねー。あと謝んな」

ん、と突き返され、私は力なくそれを受け取る。謝るなって、どういう意味だろう……。悪い方に思考が傾き、瞳に涙が溜まった。すると、宍戸さんが「あー」と声を出した。

「違う違う、別に怒ってねえよ」

宍戸さんの手が私の頭を数回撫で、彼の鞄の中に入る。その様子を、私はどこか他人ごとのように見つめていた。

「俺にはこれがあるからな」

宍戸さんが鞄の中から手を引く。
彼の手の中でカサリと音をたてる物、それは。
茶色く乾いた藁。それを節々で縛る赤い糸。見るだけで不幸になりかねないようなフォルム。これはどこからどう見ても。

「わら人形……だ……」

私が作ったものではない。それは、私の手元にある。じゃあ、彼が持っているものは一体……。
目をぱちぱちと瞬かせていると、宍戸さんはにやりと笑いながらその人形の右手を上に上げた。同時に、私の腕が上から引っ張られたかのようにひょいと上がる。
……え?

「えっやだなにこれ気持ち悪い!」

やだ動かない下ろせない怖い! と騒ぐと宍戸さんはお腹を抱えて笑い出した。
えっ嘘、もしかしてこれって!

「宍戸さん! 私のわら人形ですね!?」
「どーだ、俺の気持ちがわかったかよ!」

どーだ、と胸を張る宍戸さんがわら人形の腕を下ろし、ようやく私も自然体の体勢に戻ることができた。
腕を振り、血を腕に通わせる。

「もう、どうして私のわら人形なんか作ったんですか……」

笑いすぎて目の端に溜まった涙を拭い、「悪い悪い」と宍戸さんがわら人形を見た。

「よくよく考えたらよ、俺だけとばっちり食らうっておかしくね?」
「そんだけの理由でですか!」

いや私が言うのもなんですけど! と言うと「いや違ぇ」とかぶりを振る。

「なんか、これで対等かなってよ」
「対等……?」
「今までは巻き込まれっぱなしだったけど、これでちょっとは変わるかもって思ってな」

意味が分からず首をひねると、なんでもねえとまた頭を撫でられた。

「ま、心配しなくても俺もお前とは仲良くしてえし」
「ほ、本当ですか!!」

思わず宍戸さんの手を取り、わら人形と一緒に両手で握りしめる。一瞬驚いたような顔をした宍戸さんだったが、すぐに「おう」と顔を綻ばせた。

「まあ、とにかく俺のわら人形はお前が持っとけ。代わりに俺がお前のわら人形持つからよ」
「人質交換みたいですね」
「その通りだろ」

宍戸さんがカラカラと笑う。
それに私はにやりと笑い、わら人形の首に手を添えて言った。

「何か変なことしたら同じ目に遭わせますからね」

宍戸さんも私と同じようにし、「上等だぜ」と笑う。

「悪用したらただじゃおかないですからね」
「そりゃこっちのセリフだ。お前もなくすなよ。なくしたら見つかるまでコイツ隠すからな」
「のぞむところです」

挑戦的な視線をお互い交わし合う。
しばらくして、どちらからともなく吹き出した。
わら人形を片手に大笑いをする男女なんて端から見たら頭のおかしい人に見えるのだろうけど、それを自覚しても笑いは止まらなかった。
とにかく、こうして笑いあえることが嬉しくて仕方がなかった。


この後、忍足さんに「俺ともわら人形交換しようや」と迫られたり、日吉君に「わら人形を触らせてくれ」と追い回されたり、鳳君が私達に「わら人形はちゃんとありますか? 痛いところはないですか?」と無駄に気を遣うようになったりと大変なことになるのだけど、今は語らないでおこうと思う。

だって、彼と私の人形奇譚は始まったばかりなのだから。


END


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