彼と私の人形奇譚 | ナノ

どう処理しようか


「……忍足、侑士……!」

加賀谷が低く唸ると、「そんな怒らんでもええやん……」と目の前の男――忍足侑士は肩をすくめてみせる。俺達のテニス仲間に睨みをきかせる加賀谷は、現状を把握しきれていない俺と長太郎の後ろに隠れた。それを見て苦笑いをする忍足。そんな些細な行為ですら憎くて仕方がないと言わんばかりに加賀谷が低く唸った。

「えっと、加賀谷さん……?」
「おい、どういうことか説明しろよ」

長太郎は加賀谷を見、俺は忍足を見た。まさかの知り合いの登場に、俺達は困惑する。忍足も忍足で困ったような笑みを浮かべていたので、説明を促すように俺も加賀谷を見た。

「……あいつこそが、私が呪いたかった奴です!」

長太郎の背中から顔だけ出し、びしっと指を指す加賀谷。その先にいた忍足がやれやれと首を振る。

「まだあの事気にしてたん? 俺ちゃんと謝ったやんか」
「うるさいこの泥棒猫! 私からあの子を奪っておいてただで済むと思うな!」
「やから、あれはあの子が勝手に俺に近付いてきよったんやって。俺はなんもしてへん」
「うるさいうるさい! どーせ何か物で釣ったんでしょ! じゃなかったらあの子があんな簡単に懐くわけないじゃない!」
「あのなぁ……」

はぁ、と止まらない応酬に忍足がため息をついたとき、「ちょ、ちょっと待て!」と間に割り込んだ。

「お前ら、一体なんの話してんだ? つーかどういう関係だ?」

問うと、隣にいた長太郎も深く頷いた。今の会話だけを聞いていたら、どうも危ない話をしているようにしか聞こえない。
「なんのって……」「どういうって……」と加賀谷と忍足は顔を見合わせ、言った。

「とある女の子を巡る話や」
「とある女の子を取り合う関係です」
「ますます危ねえ!」

ガシガシと頭を掻くと、「宍戸さん、これは一体……」と長太郎が俺を見る。俺だってわかんねえよ……。
苦渋に満ちた顔を見合わせていると、再び応酬が始まる。

「だから、私とだけ仲が良かったはずの子が、いつの間にかこのメスキラーに絆されてたんです!」
「なんやその言い方カビキラーか……ちゅーかメスキラーちゃうし。やからあの子が勝手に……」
「人のせいにするなんて酷い! この外道!」
「いやそもそも人やのうて猫やし」
「何をぅ!」
「ちょっと待て! 待て!」

渾身の勢いで二人を、主に加賀谷を宥める。今、聞き逃してはいけないワードが出た気がする。そして非常に嫌な予感がする。この予感が当たったら、俺はもうどうしていいかわからねえ。それは長太郎も同じだったらしく、躊躇うように「あの……」と前置きしてから口を開いた。

「原因は……猫、なんですか……?」



つまり、こういうことらしい。
近所にいる警戒心の強い雌猫が、加賀谷だけに懐いており、それ故加賀谷は周りの子ども達から「猫使いのお姉ちゃん」と呼ばれていた。しかしある日、今まで加賀谷以外を寄せ付けなかった猫が、たまたま側を通った忍足に擦り寄ったのだという。それ以来、それを見ていた子ども達は忍足を「猫使いのお兄ちゃん」と呼ぶようになり、加賀谷はただの「お姉ちゃん」になったのだという。ひどく傷ついた加賀谷は忍足に暴言を浴びせる日々を続けたが、埒があかなかったのでわら人形を作ることを決心したのだという……。


「……激ダサだぜ……なんつーしょうもねー理由だよ……」
「ほんまにな……」
「私には死活問題なんです!」

わぁっとその場にくずおれる加賀谷を、長太郎は「か、可愛い理由だと思うよ……」と慰める。お世辞にも程がある。

「俺はそんな理由でこんな目に……」

頭を抱えながら、長太郎に泣きつく加賀谷の手からわら人形を救出する。人形を見つめると、忍足もそれを覗き込んだ。

「へぇ……それが、俺が呪われるはずやったわら人形か……」

妙に楽しそうな言い方だったので危うく殴りかかりかけたが、コイツもある意味巻き込まれた人間なのでギリギリのところで止めた。

「つかテメェ、どっから話聞いてたんだよ」
「睦ちゃんが鳳に色々説明してる辺りからやな。隠れて聞いてたんや、すまん」

やからこの人形がお前とリンクしてるのも知ってる、と言う忍足。わら人形を忍足から遠ざけるため、慌てて加賀谷のポケットに人形を突っ込んだ。すると、一瞬驚いた顔をした忍足が、小さく笑った。

「ちゃうちゃう、巻き込んですまんなぁって思ったんや。俺にだけ当たってくるんやったら全然良かったんやけどなぁ。あの子、俺と二人きりにならんと暴言吐けへんし。……けどまさかわら人形まで作られて、しかも宍戸がとばっちり食ってるとは思わんかったわ」
「忍足……」

加賀谷を見つめながらそう語る忍足の目は、どこか微笑ましげだった。……微笑ましげ?
一つの疑念が頭をよぎる。これは、もしかして、もしかすると。本当の本当に、俺は、何の罪もない俺は、とんでもなく馬鹿げた復讐劇に巻き込まれたんじゃないだろうか。

「お、忍足お前、まさか加賀谷のこと……」

言い切る前に、忍足がこちらを向き、自分の唇に人差し指を当てて笑った。
長い指先の向こうで唇が動く。それを読みとった俺は、今度こそ忍足の頭にゲンコツを食らわせた。本気ではないが、痛くはなる程度に。

「し、宍戸さん!」
「いったいわぁ……」
「あはは! ざまぁみろ!」

長太郎に宥められ、忍足に文句を言われ、加賀谷に「グッジョブです!」と讃えられたが、今の複雑な気持ちは晴れることはなかった。

「……くそっ……」
予鈴が鳴り響く廊下を歩き出す。
後ろから制止の声が聞こえなかったわけではないが、構わず歩いた。

「なにが……“内緒や”だっつーの……」

小さく呟いた声は、チャイムの音にかき消された。




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