全く以て理解不能
あの後授業が始まるまであちこち探し回ったが、探し物は見つからなかった。
やばい。非っ常にやばい。アレが見つからないと私は確実に人間を辞めさせられる。そう思いつつもあっという間に時は進み現在の時間は昼休みである。
「まじでどこなの……あんな目立つもの間違えて持って帰る人も盗む人もいないよ……」
ぶつぶつ呟きながら廊下を探す。人が行き来しているため足と足の間を見つめなければならなく骨が折れた。きょろきょろと下を探していると、「あれ?」と向こうから今朝聞いたばかりの声が聞こえた。人気のないそちらを見ると、やはり鳳君がいた。なにやら彼は彼の右手の中にあるものを眺めているようで、不思議そうに自分の手元を見つめている。
なにしてるの鳳君、と声をかけようとしたとき。
「え、ちょ、嘘……」
大変なことに気がついた。
「鳳君!」
声を上げて近寄ると、彼は驚いたように体を揺らし、私を見やる。その拍子に彼は右手を握りしめてしまい、私の肝が急激に冷える。
「駄目だよ鳳君! 優しくして!」
思わず悲鳴に似た声を上げてしまい、ますます鳳君は困ったように「えっえっ?」と右手の力を強くする。
意を決して私は言った。
「鳳君、君が今持ってるソレが私の探し物なの!」
「……え、これが……?」
驚きを露わにし、鳳君が右手をそっと開く。
そこには、私が探してやまなかったもの……わら人形が、あったのだった。
「え、でもこれ、あれだよね……呪いの……」
「あ、ああ、うん、そうなんだけどね、」
眉をハの字に寄せてわら人形を握る鳳君は胡散臭そうな表情で私と人形を見比べる。
「……あのね、それがないと困るの。返してくれない?」
右手を差しだし、返してもらえるように請う。しかし、鳳君はわら人形を見つめ直し、困ったような顔を少しきつくした。
「誰かを呪おうとしたの……?」
「そ、それは……」
確かに私はそれである人物を呪おうとしたが、今はそんなこと関係ない。そのわら人形は少し、ややこしいことになっているのだ。
「と、とにかく返して!」
「だ、ダメだよ! 君みたいな優しい子が呪いだなんて……!」
なおも食い下がる鳳君。ええい仕方ない、力技で行くぞ! と決心したとき、後ろから「長太郎! 加賀谷!」と声がする。声の主を確認する前に、私は安堵して深い息をついた。
同時に鳳君の目が見開かれる。
「し、宍戸さん……?」
「来てくださって安心しましたよ……宍戸さん……」
振り向くと、宍戸さんが呆れたような顔をして「バァーカ」と私の頭を小突いた。
「何が安心しましたーだよ。無くしてんじゃねっつーの」
「す、すみません……」
よかった小突かれただけで済んだ、と再び安心していると、控えめに「あ、あの……」と声がかかる。鳳君だ。
「ど、どうしてお二人が……」
知り合いなのか、と言ったところだろうか。それを話すと長くなる。私と宍戸さんは顔を見合わせ「まぁ成り行きで」と鳳君に納得を促した。イマイチ腑に落ちない様子の彼に、宍戸さんが手を差し出す。
「返してやってくんねえか、それ」
大事なもんなんだと言うと、「宍戸さん、これがなんだかわかってるんですか!」と咎めるような鳳君が再びわら人形をきつく握った。ぐ、と顔を歪める宍戸さん。
「ああ……わかってるからこそ、返して欲しい」
そんな、と俯く鳳君。彼は人一倍正義感が強いから、「呪いのわら人形」を二人揃って必要としていることが信じられないのだろう。私も、ただの呪いのわら人形ならここまで執着しない。むしろ持ち歩かない。しかし、そうではない理由を話すにはリスクが大きすぎる。宍戸さんにアイコンタクトを送ると「話さなくていい」と首を振られる。ごめんね、鳳君。
二人で鳳君を見つめると、観念したように彼はため息をついた。
「わかりました……そんなに大事なものならお返しします……」
やった、と宍戸さんとハイタッチをする。しかし、「けど、」と鳳君は続けた。
「ちょっと、眺めてみても良いかな? 生で見るのは初めてだから……」
今までの困惑しきった顔はどこへやら、彼は少しわくわくした様子で言った。再び宍戸さんと顔を見合わせる。まぁ、鳳君だしいいか。
「いいですよね、宍戸さん」
「ああいいぜ、丁寧に扱うならな」
「ありがとうございます!」
へーこれが日吉の言ってたわら人形か……と興味深そうにわら人形をひっくり返したり逆さまにしたり掲げてみたり。
見終わったら返してもらえると言うので、私達は安心しきっていた。しかし。
「いっ!?」
「し、宍戸さん!?」
宍戸さんが急に両足を左右にスライドさせ、開脚した。勢いが良すぎたのかして、廊下に強く腰を打ち付ける。しかも宍戸さんの足の稼動域を軽く越えていたようで、彼は開脚したまま「いてててて千切れる千切れる」と叫んだ。バレエ選手顔負けの柔軟である。
まさかと思い鳳君を見ると、「へっ?」とハトが豆鉄砲でも食ったかのような顔をしていた。その手にはばっちり鳳君の両手によって開脚させられたわら人形がいる。
「おい加賀谷なんとかしろ!」
「あ、お、鳳君! その手を離して!」
「え、あ、うん!」
彼がパッと両手を離すと、わら人形は重力に従って廊下に向かって落下する。それが地面に落ちる前に手のひらで優しくキャッチし、広げられたままのわら人形の足をそっと閉じさせた。宍戸さんが大きく息を吐き、彼もまたゆっくりと足を閉じた。
「だ、大丈夫ですか、宍戸さん」
手を差し伸べると、「なわけねーだろ」と打ち付けた腰をさすりつつ私の手に掴まった。ぐいと引き上げるともう一度頭を小突かれる。痛いけど、今回は完全に私が悪い。
「あ、あの……?」
鳳君が言う。困惑と、驚きと、すまなさそうな感情が入り混じった顔である。
「……今のは一体……?」
私達はまた顔を見合わせ、同時にため息をついた。
「言うしかねーか……」
「ですね……」
私達は、この呪いの人形と私達にまつわる顛末を彼に話したのだった。
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