消えた大事なもの
「あれぇ……おっかしいなぁ……」
朝、練習を終えて教室に向かうとペタペタ、ガタガタと地面を這い回る女の子がいた。四つん這いで歩き回るその様子はさながら貞子だったが、心底困った様子の声音からクラスメイトの加賀谷さんだということがわかった。登校するにしては早すぎるこの時間帯で、彼女は教室で一人、探し物をしているようだった。
「加賀谷さん?」
何か手伝えることがあればと近くに寄って声をかけると、「うわっ!」と彼女は机の下に潜り込ませていた体を弾ませた。その拍子にどこかをぶつけたらしく、鈍い音と共に「ぎゃっ」と短い悲鳴が上がる。
「ご、ごめん! 脅かすつもりはなかったんだ!」
すぐにその机をどけてしゃがみ込むと、彼女は頭を押さえたまま倒していた上体を起こした。涙を溜めた瞳が俺をとらえる。
「あ、あー鳳君か……おはよう」
「おはよう、って頭平気? 痛い?」
聞くと、加賀谷さんは手ぐしで乱れた髪を整え「んー、へーき」と笑った。ほっと胸をなで下ろし、どけた机を加賀谷さんと元に戻す。
膝やスカートについた埃を払う彼女が何かに気づいたように「あ」と言った。
「そういや鳳君とは話すの初めてだったね」
「あ、確かに」
言われてみれば加賀谷さんとはクラスメイトだけど、今まで話したこともなかったなぁ。
にこにこしながら「初めましてー」と差し出された手を取り握手する。
「はは、そうだね。初めまして」
私の名前わかる? と聞かれたので「さっき呼んだでしょ」と笑うと彼女も「そうだったね」と笑った。その笑顔を見て、なるほど加賀谷さんはこんな風に笑うのかと思った。
「あ、そうだ、加賀谷さん何か探してるの?」
聞くと、「あー、ま、まあね、ちょっと大事なものをね」と視線を泳がせる。何かまずいことでも聞いちゃったのだろうか。
「大事なものって……、大丈夫?」
「た、多分平気……。でも見つからないと困るんだぁ……。怒られちゃう」
肩をすくめる彼女を見て、俺もなんだか困ってしまった。出来るなら力になりたい。
「じゃあ、ちょっと探してくるね」
そう言って俺に背を向ける加賀谷さんに「待って!」と声をかけた。
「何か手伝えることないかな?」
驚かせちゃったお詫びに、と付け足すが「いいよ大丈夫」と断られてしまう。
「え、でも見つからないと困るんじゃ……」
「まあね、人命並みに大事なものだよ」
「だったら……」
「でも大丈夫。目立つものだからきっとすぐ見つかるよ」
「じゃあね」そう言って加賀谷さんは半ば逃げるように教室の外へと走っていってしまった。
「あ……」
その背中を見つめ、俺はただ立ち尽くした。
……大丈夫かなぁ……。
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