自由にはなれない


空になったペットボトルを振る。指先を逃れたペットボトル。飛ぶ。


「あでっ」


私にずっと向けられていた背中の真ん中にぶつかって、落ちる。
向けられたままの背中に舌打ち。行儀が悪い、と心の中でもう一度、舌打ち。


「もうちょっとで終わるからねー」
「はぁ」
「終わったらゴハン行こうねー」
「……別にいいです」
「あれ、なまえちゃん、お腹空いてないの?」
「一人で行きます」
「えー、待っててくれてるんじゃなかったの」
「待ってません」


信楽さんは、ずるい。


その背中で私をソファに縛りつけるんだ。
退屈な日常を彩るとかそういう鮮やかなものじゃなくて、くすんだ絵具のように、けれど確かに残る筆先の虹色のように。
無くてもいいけれど、無いと息苦しい。うまく息ができない。
詰まった息をどうにかしようと、ここにきて、どうにかこうにか自分で立とうとする。
寄りかかってしまいたくなるこの気だるい空気に浸って、浸りすぎて、もう、自分では立てないのかもしれない。


「信楽さん」
「ん?」
「すき」
「えっ」
「って言ったらどうします?」


ようやく資料棚の方を向いた背中。
ぱちぱちとまばたきをする信楽さんを笑い飛ばして、深呼吸。


「冗談?」
「冗談です」
「残念だなぁ」
「そうですね。困ったことにすきな人ができないんですよ」


すきなひとなんて、できないんです。


私の隣がゆっくりと沈んで、信楽さんが深呼吸。
何か言葉を続けるのかと思ったけれど続いたのは無言だった。
居心地が悪くて唇を軽く噛む。


「オジサンじゃ駄目なのかな」
「あー、信楽さんは駄目ですよ」
「えー」
「イケメンすぎて困ります」
「お、それは嬉しい悩みだな」


私達の乾いた笑いが続いてきれい。信楽さんはいつもみたいに笑ってくれない。
私はどうも頭が重くて少し傾いた。


「自由になりたいです」
「それは素敵だ。是非ご一緒したい」
「駄目ですよ。信楽さんが一緒じゃ」



自由にはなれない


(貴方の肩に乗った私の頭がずっとおかしな音を出している)
(どうかこのままで)

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