お付き合いいたしましょう



「今朝すごい嫌な夢みてさー」
「おー」
「がばー!って起きたら布団がなくて」
「へー」
「部屋の隅まで布団がふっとんでたの」
「寝相悪すぎだろ!」

雨上がりの澄んだ空に、弓彦くんの声が響いた。
駅前駐輪場の前を通り過ぎた私達。足元には水たまり。水たまり、ぴしゃり。

「……どうした?」
「ふとんが」
「ふとんが?」
「……もういいよーっ!弓彦くんの馬鹿ぁー!」

ハンドバッグで弓彦くんの肩をばしばしと殴りつける。あ、今のはちょっと痛そう。
信号の色が変わりかけた横断歩道を小走りで渡ると、出遅れた弓彦が車道を挟んだ向こう側でぽつりと立っていた。

「なまえ!待ってろよ!」
「うっさい馬鹿ぁ!」
「馬鹿っていうな!!」

黒ずんだ白線を見下ろしながら、車が右に左に走りぬける音を聞く。
息を整えて、弓彦くんの方を見ると丁度目があって、弓彦くんがへらりと笑った。
大人げないとは思ったけれど顔を逸らしてやった。




「何怒ってんだよー」

二人歩く。
何も持っていない左手をぶらぶらと振れば冷たい風を切った。

「もういいよ。どうせギャグセンス無いし」
「は?……布団がふっとんだのことか?」
「うん」

軽い笑い声を聞きながら空に向かって息を吐く。

「っていうかそれはギャグじゃなくてダジャレじゃないのか?」
「えー……もうギャグセンスの欠片もないってこと?」
「そうじゃないけど」

けど、けど、けど。
ギャグセンスがないと散々馬鹿にしていた知人に「僕も人のこと言えないけど、君も……」なんて言われて凹んでいた私は、もう何が何だかわからなくて。
それでも「ない」というのは悔しい。負けず嫌いな私はどうにかして弓彦くんを練習相手にそのセンスを磨こうかと思っていた。

「どうすればいいかなぁ」
「どうって」

一緒に考えながら、コンビニの角を曲がる。そういえば毎週買ってる雑誌、今日発売だけど買ってない。

「練習するしかないと思う」
「練習でどうにかなるのかな?センスってやっぱり生まれつきとか環境とかそのようなアレが関係してるんじゃないかな。もしかして私って遺伝子レベルでギャグセンスがないんじゃないかな。でもそんなこと言ったら私のお父さんやお母さんやご先祖様達もギャグセンスがないってことになるしそういうわけじゃなさそうだから練習次第でセンスは身につくのかも!……じゃあ、弓彦くん付き合ってくれる?」
「えっ」

視界の端でとらえていた弓彦くんがすっと消えた。
驚いて振り向くと口を開けて立ちつくしている弓彦くんがいた。

「大丈夫?」
「じゃない」

よし、と口にした弓彦くんは私の手を取って走りだした。



お付き合いいたしましょう


(弓彦くんどうしたの!?)
(なまえ!さっそくデートだ!!)

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