PPP




どうにもこうにもならなくて、芋虫みたいな動きでなんとか携帯電話に手を伸ばす。
発信履歴の一番上の名前。
ちょっと気合いを入れてから通話開始。

『ナナシ!?』
「あー、師父ーもしもしー」
『どこほっつき歩いてんだ!』

ああ、やっぱり怒られた。
お願いだから腕を目一杯伸ばしても頭に響くほど大声出さないでくださいお願いしますほんとお願いします。

「し、師父、ほっつき歩けないっす」
『……ハァ?』
「あの、体調がすこぶる悪いんで、お休みします」
『……ほんっと……ああ、もう、いい』

ぶつん。
つーつーつー。
電話が切れた後も、師父の呆れ果てた声が頭から離れなくて、頭が割れるように痛くて、身体が重くて、だるくて、寒くて熱くて眠くて眠くて眠くて眠くて、寝た。



目が覚めたら師父がいて。
心配そうに私に話しかけてくれて。
あったかいお茶を淹れてくれて。
『ばか』っていって笑ってくれて。


なんてことはなくて。
カーテンをしめたままの部屋は薄暗く、目を凝らして時計を見ると、もうすぐ針が12時を指そうとしていた。


師父に会いたかったなぁ。お仕事行きたかったなぁ。
今日出ていっても何もできなかっただろうなぁ。
師父にあの資料の場所教えたっけか。
あー、まだ他の誰かがあっちの資料まとめてたっけか。
やらなきゃいけないこといっぱいだった。


よし、二度寝だ。
ここはクールに二度寝を決めるぞななナナシ。
しっかり元気になったら明日は二倍働けばいい。






インターフォンの音を掻き消すようにドアを殴りつける音。
なんてひどい目覚ましだ。
ちらりと時計に目をやる。夕方。
ああ、ドアが凹んでしまう!かわいそうだわ!
重い身体を起こして玄関まで行く。覗き穴からそっと見る。
なんでやねん。

「師父、」
「無事か!」
「あー、ちょっと待って、ください、パジャマなんで、」
「病人なんだから仕方ねぇだろ。オレは気にしねぇから」

私が気にしますとも言えずにそっとドアを開ける。
ほんとに師父だ。

「起こしてすまねぇ」
「あ、いえ、私に、何か」
「いや、なんだ。アレだ。ほっとくわけにもいかねぇだろ?」
「うわぁ」

ほんとにこの人

「……うわぁ?」
「あ、いえ、すみません」

ほんとに来てくれたんだなぁ。
ちょっと嬉しすぎて涙が出そうだし、お腹痛いの忘れてた。

「笑ってねぇでさっさとベッドに戻れって」
「あ、はい」

うわぁ、夢みたいだ。
遠慮なくベッドに座る。私の、部屋に、師父が、いる。

「へらへら笑いやがって……心配かけときながらよ」
「すみません。夢みたいだなぁ、って、思って」
「夢?」

あったかいお茶じゃなくて、冷たいスポーツドリンクを渡された。久しぶりに水分を口にした。気持ち良い。

「夢みたいで、私」

うぬぼれちゃいます。
師父が缶コーヒーを開けるタイミングに合わせて、師父に聞こえないように、呟いた。
師父には聞こえなかったらしい。

「ナナシが休むとな、資料は見つからねぇわ、飯は不味いわ、天気は悪いわ、道も混むわで良い事なんざひとつもねぇんだ」
「私そこまで幸運もたらしてません。あと資料は師父の机の上のファイルの一番後ろにありますというメモを渡し忘れましたすみません」
「ほらみろ」
「すみません」

正直な話、何がほらみろなのか全くわからなかったけれど、師父と話せただけで嬉しいので、もう、どうでもよかった。

「ナナシ」
「はい」
「うぬぼれんのも悪くねぇと思うぜ?」
「はぁ……マジすか」
「マジだ」
「じゃあ遠慮なくうぬぼれときます」
「おう、そうしとけ、そうしとけ」

お互い何も言えなくなって無言になったのがおかしくて思わず吹き出した。
そしたら師父に殴られた。



PPP


(あー、おなかいたい)

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