クリップで資料をひとまとめにする。明日もう一度目を通して、それから、

「御剣ー手ぇー貸して手ぇー」
「……まだ帰っていなかったのか」
「だから手ぇー貸してってば」

ひらひらと右手を振るなな。人の仕事場で何をやっているのだ。

「御剣、あたしのこと嫌いなの?」
「……手を貸せば良いのだろう」

真っ赤な、小さな、瓶。

「マニキュア、か」
「あ、窓開けて」

先程からしている頭にくるような匂いはこれのせいだったのか。ななの左手の指先は既に真っ赤に彩られていた。

「キミは右利きか」
「よくわかったねー。というわけでよろしく」

可愛くしてね、と言われたが、ただ塗る作業でどう可愛くすればいいのかわからない。指先を自分の手にのせ、小指から、丁寧に塗っていく。
中央にのせるように置いて、サイドを整える。玩具のように真っ赤な爪。細い指。

「ねぇ」
「動くと、失敗するかもしれないのだが」
「あたしのこと嫌いじゃないってこと?」
「嫌いでは」

ない。
自分で口にしておきながら、笑えるほど、含みのある言い方だ。

「ふーん」

ななはそれ以上何も聞いてこなかった。私の塗り方についても何も口を出してはこなかった。
右手が全部きれいに塗りおわり、私は深く息を吐いた。


「乾くまで、休憩ね」
「何故キミに休憩時間を管理されなければ」
「あたしは御剣が好きだなぁ」

こつん。
マニキュアの瓶が転がった。背中が冷たい。瓶の、蓋は、締まっている。
よかった。
よかった?
よくない。

「御剣」
「それは」
「もうこどもじゃないんだよね」

転がった瓶を拾ったななは、静かに、本当に静かに、泣いていた。その涙がそこにあるのか疑ってしまうほど静かに。

「あたしも、御剣も」

情けないくらい身体が動かなくて、口も動かなくて。

「しあわせになっちゃ、いけないのかなぁ」

まばたきをする度に、涙の線が波打つ。

「しあわせには、なれないのかなぁ」

思い切って何か口にしようとしたらななの左手の人差し指が私の唇に触れた。

「変わるのがこわい?」
「そうだな」
「臆病だねー」

あたしもそうだよ、という言葉を、のみこんだ。うばいとった。
その色は転がった瓶によく似た




(まつのがへたなの)

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