隠れて


誰もいない交差点。
隣をちらりと見る。
静かなエンジン音の中で眠る貴方がいた。
阿呆面としかいいようのない貴方のその寝顔を見ていると信号機も色を変え、ワンテンポ遅れて進む。

「弓彦さん」

起こさないよう、それでも、もしかしたら起きるかもしれない声の大きさで貴方の名前を呼ぶ。
コンビニの前を通る。貴方の顔を少しだけ照らしたけれど、さっきの交差点で見たときとなんら変わりなくて、息をつく。前を向く。
私と貴方を隔てるシフトレバー。
その向こうはきっと、見た目より遠くて、遠くて。



一柳という表札の付いた家の前。
エンジンが止まった車内でもう一度、隣に視線を向ける。

「なな」
「ゆみひこ、さん」

目を瞑ったままの貴方が口を開いた。驚いて喉が小さく鳴った。
ひやり。
ハンドルの上で握りしめた手に爪の痕がつく。

「起きていらしたんですか」
「あー……寝てた、けど……いや、寝ててごめん」
「いえ、お疲れのようでしたので」
「っていうか」

かしゃり。
シートベルトを外した貴方がこちらに身を乗り出してきて、息を飲む。

「敬語、やめろよ」
「え」
「そもそも一応、オレのセンパイ?みたいなものだろ?」

みたいな、ではなくて、先輩なのだけれど。
それが可笑しくて笑ったら貴方は唇を尖らせた。

「いいから!とにかくオレのことは、弓彦って呼んでいいから!な!決まり!」
「どうして突然」
「突然じゃねーよ」

ゆっくりとまばたきをすると、貴方との距離が近づいたような気がした。

「なぁ、なな」

少しずつ、冷たくなっていく車内。

「目、閉じて、頭下げて」

言われたとおりにするのが怖かったけれど



隠れて


(ぼくらはキスをする)

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