Frozen

「フレバンスのような例は多くある。ただ、生き残りにサイファーポールがここまで執着したのは、キャプテン、君が名を上げたからだ。だから、彼女は作られて、死んだ。殺したのは私だけどね」
 一人の少女が死んだ。自ら望んだ死だった。たとえ偽物だったとしても、何も思わないわけではない。必死に生きようとして、そして死にたいと願った少女。彼女の存在はローの心に暗い影を落とす。



 その日、アリアンスは別れを告げられた。元々、様々な思惑があり、当人たちの望んだ関係ではなかった。
「私は良い後ろ盾になったかい?」
 立ち去る背中にそう尋ねる。ああ、という素っ気ない返事を聞き、アリアンスは一人おいていかれた。そして、冷たいシーツを撫でて、そのまま瞼を落とした。



 色恋沙汰の話はよく出てくる。ハートの海賊団の狭い食堂は、一同が会すには狭く、今となっては一斉に食事をとることはない。日によって、時間帯によって、人数も居る人間も変わる。
 たまたまその日、その時間は賑わっていた。賑わうと必ず出てくるのが色恋沙汰の話である。ハートの海賊団で最も女に囲まれやすいアリアンスは当然のように話に巻き込まれていた。しかしながら、彼らはアリアンスが誰がどう考えても言わないことを言って、ローに制裁を喰らわされている日常を見ている。口説かれているところも口説いているところもすぐにイメージできるが、誰かと愛し合っている姿を全く想像できないのも無理がない。
 そのため、誰かがその言葉を口にするのは必然だった。
「アリアンスって、全く恋愛したことないだろう」
「え、違うけれど」
 アリアンスは即答した。周囲は響めき始める。いくらアリアンスが才色兼備だろうとも、ハートの海賊団の仲間たちは、性別関係なくアリアンスを恋愛対象に入れたことなど一度もない。
「十五歳の時に一年程度、付き合っていたからね」
 ハートの海賊団の人数は多く、年齢もバラバラである。十五歳ってどこにいたんだ、そもそも誰と同じ歳だ、などと話は盛り上がる。アリアンスは、十五歳ならマリンフォードだよ、とそう告げた。
「だから、相手は海兵。それなりに歳が近くて、仲が良かったから、育ての親が選んだ」
「言われた奴と付き合ったのか?」
 ハートの海賊団に高貴な生まれの人間はいないに等しいため、政略結婚やお見合いなどという考えはほとんど存在しない。
「私は別に嫌じゃなかったけれど、向こうは嫌だったんじゃないかな。好みじゃなかったみたいだから」



 アリアンスはシャワーを浴び、夜間着に着替えた。比較対象がローしかいないようなものであるため常に着込んでいる見えるアリアンスだが、流石に暑い場所では解放的な服を纏っている方が楽なのだ。今は少なくとも、耳を澄ませても淡々とした日常が流れるだけ。今晩、大大刀を振り回すことはないだろう、と。ふらふらと船長室に戻り、いつものソファーに横になる。
「誰だ」
 ただ、その部屋の主人は自分のベッドに腰掛け、その質問をしてくるであろうことはアリアンスも見えていた。食堂では一言も言葉を発しなかったローだが、気にならないわけではないことを、アリアンスは知っている。
「センゴクが選んで、お前と一年付き合えた。俺が知っている可能性は高い」
 ローは気怠げに壁に寄りかかっている。アリアンスにわからなかったことはないわけではなかった。それは、ローが自ら答えに辿り着いているか否かである。実際は答えに辿り着いていなかったわけだが、アリアンスにとってはどちらでもよかった。
 隠す気はない。
「知っているよ。「会っているかどうかを私は知らないけれど」」
 ローはアリアンスの心を見聞することはできないが、その頭脳は冴えている。アリアンスが海軍本部にいた時期、知っているが、アリアンスが「会っているかわからない」と言った意味。それは、ローの持つ情報で答えに辿り着けるということであり、ローはすぐに答えに辿り着いた。
 そして、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「わかった?」
「趣味悪いだろ」
「悪くはないと思うけれど」
 ローと浅からぬ縁のある相手であるであることをアリアンスは知っているが、ローは知らない。相手がローの知らない平凡な人間であれば問題はなかった。ただ、そうではない。たとえ過去のことでも、よく言えば仲間思い、悪く言えば独占欲の強いローにとっては気に入らない。アリアンスはローのそれを海賊特有のものだと思っていた。
 対して、海兵に育てられ、己の稀有な才覚に支配されているアリアンスは基本的には公平だ。アリアンスは自身が持てないそれを感じながら、機嫌良く笑う。
「ローは?」
 そして、ローにとっては思いもよらないことを尋ねる。嘗てのアリアンスにとってそれはあり得ないことだったので、ローが狼狽て、ついアリアンスの目の前で過去の記憶を思い出してしまったとしても、ローが愚かなわけではない。実際、アリアンスはローの恋愛遍歴など然程興味はない。
「ああ、可愛いね。ローの好みだ」
 ただ、見えてしまったものは仕方がない。ローの神経を逆撫ですることについても天才的なアリアンスは素直に感想を言った。基本的に恋愛にほとんど興味のないローだが、嗜好が全くないわけではない。十代の頃から常に一緒にいるアリアンスがローの嗜好を知らないはずがない。
 しかし、ローのその薄いそれを見ることができるのは良くてラッコくらいであり、ラッコはアリアンス以外のものに基本的に興味はない。ゆえに、ローの嗜好を知っているのはアリアンスだけである。
「勝手に人の……」
「生きてはいないんだね」
 焼き落ちたフレバンス。幸せとは程遠い無残な死体。ローに刻み込まれた心の傷。
______君の愛した少女の先に横たわるのは「死」なんだね。
「もう大丈夫だよ。そんな運命があったとしても、ローはもう大丈夫だから」
 ローの舌打ちを聞いて、アリアンスは満足げに瞼を落とした。



 寒がりのアリアンスだが、その島はとても暑かったらしく、珍しく体に合わないゆったりとした服を着ていた。捲れた布から普段は見えない白く長い太腿が見えた。
「体だけは綺麗だな」
 滅多に人を褒めないローですらそう口から漏らしてしまうほどに、アリアンスの体は美しい。
 成長途中の青少年のような不安定な肢体。その瑞々しいひと時を永遠にしたようなもの。外科医から見てアリアンスの身体は奇跡のような形をしている。
 ただ、逆にそれだけなのだ。綺麗なだけで終わってしまう身体は。その身体は男の欲も女の欲も駆り立てるが、男でも女でもない。
「だから、冷静に抱けたんだろう」
 苦手らしいからねぇ、と口だけでは笑う。
「結局、何か得るものはあったのか?」
「向こうは、私という後ろ盾が必要になった。それは与えられた。私はどうだろうね」
 アリアンスは、目を瞑り、ローの手を取り、腕を抱き込み、縋るようにしながら微笑む。ローはさられるがままにしながら、溜息を吐いた。柔らかい肌が腕に触れる。
______わたしをおいていかないで。朝まで一緒にいて。
 嘗て、おいていかれた子どもは最後の夜に縋ることができなかった。それをローは知らない。ただ、アリアンスの本来の気質は知っている。物分かりが良いように見えて、我儘でおいていかれることを嫌う。
 ローは溜息を吐いた。
「ROOM、シャンブルズ」
 布団の上の毛布とソファーのアリアンスがひっくり返る。
「雑」
 アリアンスはそう言いながらしっかりと受け身をとっている。そして、丸まっていた体を猫のように伸ばして薄らと眼を開けた。ローはアリアンスが横になっているベッドに近づく。
「重いんだから仕方ねぇだろ」
 ごろんとアリアンスの体を雑に壁側に転がして、空いたスペースにローが横になる。小柄だが、潜水艦のベッドは当然のように狭い。先ほどまで人がいたせいで、冷たくはないシーツ。
「朝まで一緒にいてくれる?」
 酷く幼く咲う。それは数多の海兵を虜にした無邪気な笑顔。ローは慣れている。ただ、決して失わせないと思うだけ。
 一人は不完全な心に恋を映せず、一人は淡い恋を地獄で塗り潰された。凍てついた時計の針が動き出すにはまだ早い。
「早く起きろよ」
「うん」
 枕元の薄い手に手を重ねると、アリアンスは幸せを湛えた眼を閉じた。



 氷と炎の島。最も重症であった少女は他の子どもたちを必死に庇ったらしい。目を覚ますと、少女は麦わらの船の船医とともにローのところへやってきた。とても普通の子どもだったとは思えない体。そのくせ、その顔には笑顔を浮かべて。
「聞いたよ。よくなったのはお兄ちゃんのおかげなんでしょ。ありがとう」
 過酷な治療が待ち受けているというのに、海軍の船から手を振る少女は、幸せそうだった。
 一人の運命は覆り、針に纏わりつく氷に水滴がつく。



 瓦屋根の上から、見知った顔を見かけて声をかける。服装は知られている白衣ではないが、顔を忘れらるわけではない。
「______のおかげでローは命拾いした。お兄様の努力も無駄じゃなかった。感謝している」
 そして、小首を傾げる。恋とは落ちるものであり、落とすもの。ただ、アリアンスは屋根の上でしゃがんだまま動かない。
「ねぇ、もう一度、ローを助けてよ」
 狼狽する姿に何一つ動じず、愛らしいとされる笑みを浮かべる。
 もう一人の凍てついた時計の針は、再び時を刻み始める。

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