数学の試験の解答用紙が返却されていた。工業高校特有の、男ばかりの低い声でざわつくクラスの中に、やや高い声が響く。ただ、その声は、男の声と言われても違和感がないようなものだった。

「体調悪かっただろ、気にすんなよ。次は頑張ろうぜ」

 品のない明るい笑い声がそれに続く。振り返ると、解答用紙を広げて「しょんぼり」している青根の背中をバシバシと叩いていた。短く刈り上げた頭と、いつものジャージ。行儀悪くむ足を広げて座っているのは同中出身のみょうじだ。

「二口はどうだったんだよ、テスト」

 みょうじはニヤニヤ笑いを貼り付けて尋ねた。

「お前よりは良いよ」
「ハァ、何言ってんだよ。私に勝ったことないだろー」

 みょうじの言う通りだった。みょうじは頭が良かった。勉強の面でも、それ以外の面でも。その後、通常の授業が始まり、数学教師がグダグダと例題の解説を始めた。まったりとした空気が流れる。チャイムが鳴ると、まるで風が吹き込んできたかのように空気が変わった。

「みょうじ、いい無料の動画サイトの行き方忘れたんだけど」
「おー、ちょっと待ってろよ。すぐ行くから」

 教室の端の方から上がった声に、みょうじはそう答えると、一所懸命板書をしている青根に向かって言った。

「青根、今回の授業の例題、次のテストで出る気がする。あくまでも私の予想だけどな
「ありがとう」

 青根の小さな言葉に、ニヤリと笑って返すと、みょうじは声のかかった方向へ走っていった。

 一見どこにでもいる健全な男子生徒であるみょうじは、このクラス唯一の女子生徒だった。

 外から見れば痛々しい女だったかもしれない。ただ、俺はそうは思わなかった。

 中学の頃のみょうじはそれこそどこにでもいる普通の女子生徒だった。肩までの髪に、黒いピンをつけていて、確かに身長は高かったが、それ以外には特に何か際立ったことのない女子だった。

 伊達工業高校の受験会場でみょうじの姿を見つけた時には驚いた。俺の科の受験会場にいた唯一の女子がみょうじだった。

 そして、同じ中学からうちの科を受けたのはみょうじだけだった。卒業式の日、互いに合格を確認した。

「私がいなければ、みんな男子で、気楽だっただろうに、ね」

 女子は私一人だからさ、とみょうじは苦笑した。

「まぁ、そうかもしれないけどさ」

 それには同意できると思ったが、そういうことを気にするみょうじの頭の良さに俺は少しだけ驚いた。

「別にイイだろ、お前がいてもさ」

 みょうじは目を丸くして、そしてありがとう、と少しだけ笑った。それ以上何も言わなかった。

 それが、女子としてのみょうじを見た最後だった。

 入学式で見たみょうじは、髪を短く刈り込み、今の姿をしていた。性格(キャラ)も変わった。初めこそ、女子だからという理由で少し距離を取られていたが、その振る舞いからクラスに馴染むのに時間はかからなかった。

 馴染んだというのは語弊があるかもしれない。

 みょうじは、女だからだろう、男の世界で生じる微妙に力関係の中には入らなかった。誰に対しても明るい性格で、男特有の力関係の中で生じる壁も何とも思わずにクラス全員と仲良くなった。明るく、誰のことも悪く言わず、横柄に振舞うこともなく、誰に対しても分け隔てなく接した。

 クラスの真ん中には常にみょうじがいた。そして、俺たちは他学年からも羨まれる、仲が良く雰囲気の良いクラスになった。みょうじの存在が、男だけの世界に生じる悪いところを取り去って、みょうじの努力が、良いところを守った。

 クラスメートはみんな、多かれ少なかれそれを感じていた。だからだろう。みょうじの誕生日にサプライズを用意しよう、などという話になったのは。アイツのために金をかける必要はないよなぁ、と冗談交じりで言い合い、最終的に青根の意見が採用になった。

 最初は気恥ずかしかったが、途中からそれは笑いに変わった。俺たちは、各々学校の帰りに男子高校生らしくない、バカみたいなことをした。それがおかしくて仕方がなかった。発案者の青根が、誰よりも似合わないそれを誰よりも一所懸命探しているのも、面白かった。そのくせその姿が青根らしくて、みんなで笑ってしまった。

 朝、皆一本早い電車に乗り、用意を進めた。別に上手くもない字で黒板に祝いの言葉を書き、その周りに趣味の悪い落書きを並べた。

 クラスに入ってきたみょうじに言う。

「みょうじ、誕生日おめでとう」

 みょうじは目を丸くした。俺はニヤニヤしながら、クラス全員で用意したプレゼントを抱えてみょうじに近づいた。

「金かけるの嫌だったんで」
「全部その辺で摘んだ花じゃねーか」

 それはみんなでその辺の花を集めて作った花束だった。ぐちゃぐちゃで、よく分からない画用紙で包んである花束。

 ちょっとしょんぼり気味の青根を見やり、青根発案なんだけど、と付け加えると、あー、と声を出しながらみょうじは花束をじっと見た。

「このサワギキョウは青根がとってきたんだろ。センスいいな」

 青根が顔を上げて目をキラキラさせて頷く。

「あー、あのさ、みんな、ありがとな」

 俺たちのクラスメートは、少しだけ顔を赤くして笑った。

企画 : 誰そ彼は

一輪の花に贈る

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