ほとんど会うことのない恋人が、珍しく家に来ていた。家に帰ると、昔から世話になっていたかのように母親と談笑していた。私を視界に入れると、母にきれいな敬語を使って簡単な挨拶をしてから、私について二階の部屋まで上がってきた。
私はカーペットの上に座った。澤村も私の前で胡座をかいた。
「何か困ったことでもあるのか」
ふわりと笑顔を作った。僅かな寒さが気配を消していくような気がした。帰ってきたばかりだというのに、部屋は寒くはなかった。
「あるよ」
できるだけ、安心させるように笑ってみる。すると、澤村はそのまま笑みを浮かべたまま、間髪いれずに問うてきた。
「それで、誰に相談した」
「誰にって」
声が震える。クラスの、それも男子を頼ってしまった記憶がもやもやとわきでてきる。胃がきりきりと痛む。体調を崩す気配などなかったのに、動悸と吐き気がした。
「誰かに相談しただろ」
王手、とでもいうような顔だった。ただ、言うだけ。それが気に入らなかったわけではないことはわかっている。私が他の男子を頼ったところで、気分を害するようなことはまずないことぐらいは理解していた。
「よくわかったね」
絞りかすような声が出た。
逆らうどころか、隠し事ですらなどできない。まるで、蛟のような人だと思った。
みずちの眼
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