「源五郎!とくべつにオレのとっておきのまつぼっくりをお前にやる!」
「わー!ありがとう!伊之助!」
俺の手のひらには綺麗な形のまつぼっくりがちょこんと乗せられた。『つやつやのどんぐりよりも珍しいんだからな!』とガハハハと大きな声で笑いながらどこかへ行ってしまった。伊之助、良いことでもあったのだろうか、と俺は手のひらのまつぼっくりを見つめた。
「炭治郎さーん!」
「きよちゃん!すみちゃん!なほちゃん!」
『久しぶり、元気だった?』と訊ねて順番に三人の頭を撫でていく。三人はふふふ、と顔を見合わせて何かを企んでいるかのように楽しそうに笑っている。どうしたのだろうかと、俺は頭の上にはてなマークを浮かべる。『またあとでお会いしましょうね!』と三人は蝶屋敷の建物の中へと入ってしまった。どうして“またあとで”なのだろうか。再び疑問に思った俺だが、まあいいかと次の瞬間にはその疑問はどこかへ行ってしまった。
「あっ!善逸!」
見知った黄色い頭が庭の方にあるのを見つけた俺は、それに近付いて後ろから声を掛ける。
「ギャーーーー!た、た、た、炭治郎!び、びっくりしたじゃん!もー!おどかすなよな!」
そう言って素早く何かを背中の後ろに隠したのを俺は見逃さなかった。
「善逸、いったい何を隠してるんだ?」
「な、なんも隠してねーよ??」
額から冷や汗が零れ落ちている。『そんなことないだろう』と言って俺が善逸の背後にあるものを覗き込もうとすると『な、なんでもないんだよーーーー!』と物凄いスピードで遠くの方へと走って消えてしまった。
なんだかみんな、様子がおかしい。
* * *
「あっ!いたー!炭治郎ー!」
向こうの方から彼女の呼ぶ声がして俺が振り向くと、走ってこちらへと向かってくる。あまりに勢いよく向かってくるものだから、どこかで躓いたりして転んでしまわないだろうかと彼女の足元を心配した俺だったが、程なくしてその想像通りに彼女の身体がぐらりと揺れた。俺は走って彼女の身体と地面の間に滑り込み、自分の身体で彼女を受け止めた。
「大丈夫か!?怪我はしてないか!?ちゃんと下も見て歩かないと危ないよ」
「ご、ごめんなさい、ありがとう」
申し訳なさそうに眉を下げている彼女の身体に異常が無いかどうか心配になった俺はぺたぺたと彼女の身体に触れる。『大丈夫!どこも怪我してないよ!』と手のひらを広げてこちらへ無事を主張する目の前の彼女に、大きな怪我はしていないようだと分かり、俺は安心してホッと息を吐いた。
「そんなことよりも、急がなくちゃ、」
そう言って彼女は俺の手を取った。そして、その手を引いてぐんぐんと蝶屋敷の中へと進んでいく彼女。
「そんなに急いでどうしたんだ?」
「主役がいなくちゃパーティは始まらないでしょ?」
「パーティって、」
『そんな予定あったっけ?』と喉元まで言葉が出そうになっていたところで、ごくんとその言葉を息と一緒に飲み込んだ。壁に掛かっているカレンダーが指している今日の日付を見て俺は納得して、思わず笑みが溢れてしまう。みんながそわそわとしていた理由は俺だったのだと、今だけは自惚れだと言われても仕方ない。近頃は自分の周りで色んなことが起こりすぎて、騒がしいくらいに目まぐるしく日々が過ぎていっていたので自分の誕生日なんてのはすっかり忘れていた。
「その前に、」
彼女がずっと片手に持っていた真っ白いシロツメクサで作られた花冠を俺の頭へと被せる。まるで寝ている間に俺の頭のサイズでも測ったのではないのかと、疑ってしまうくらいにその白いものは俺の頭にピッタリと嵌った。器用な彼女なので、この花冠は彼女の手作りなのだろう。花の匂いに混ざって彼女の匂いがするのがその証拠だ。
「うん!これで主役っぽいね!」
むしろ彼女が付けた方がいいのでは?と思うくらいに可愛らしい真っ白な花冠を頭に乗せた俺を見て、彼女は両手を腰に当て、さも満足げな顔をしている。
「やさしい炭治郎には王冠よりもこっちの方が似合うと思ったの」
『さぁ、こちらへどうぞ、やさしいおうさま』と言って、俺の手を握り直して奥の部屋へと導く彼女。大広間へと続いている襖の前で一瞬足を止めたかと思うと俺の方に顔を向けてひとつ頷いて笑うと、その襖を開けた。
「「「誕生日おめでとう!!」」」
さっき会った伊之助に善逸、きよすみなほちゃん、蝶屋敷のみんなや見知った鬼殺隊の隊士たちが俺に祝福の言葉を送ってくれる。わざわざ俺の為に、こうしてみんな揃って集まってくれたのか、と考えると思わずほろりと泣いてしまいそうになる。すると背中に背負っている箱からカリカリと音がして、禰豆子も箱の中から祝福してくれているかのようだった。
「みんな、ありがとう」
俺は世界なんて知らないし見たこともないけれど、きっと、この瞬間、俺が世界で1番幸せなのだろうと思う。俺は選ばれた人間じゃないけれど、こうして人と人との繋がりが俺を強くさせてくれるんだ。
「炭治郎、生まれてきてくれてありがとう」
彼女が俺の隣で微笑んだ。
『主役のきみが主役の日』
'20竈門炭治郎BD/ 20200714