拝啓、愛しい人
拝啓、竈門炭治郎様
お元気ですか。私は今、貴方の生きている町へと向かっています。貴方からの話でしか聞いたことはなかったけれど、きっと貴方の生まれ育った場所は、貴方のように泣きたくなるくらいに優しくて、貴方の心のように清らかで綺麗なのだろうと思うのです。
なんて、これからは手紙を書かなくても、直接に炭治郎の目を見て、顔を見合わせて伝えることが出来るのだと、なんだか嬉しくなった。
欠かさずに定期的に送られてくる手紙は、真面目な炭治郎の性格を表しているかのようで、妹の禰豆子ちゃんだけでなく、善逸くん、伊之助、炭治郎の周りの人たちのことが手紙には記されており、相変わらず沢山の人たちに囲まれているのだと、なんだか嬉しくてなった。鬼殺隊が解体された今も伝令係であった鴉がこうして手紙を運んでくれる。炭治郎からの手紙を受け取る度に、頬を緩ませながら手紙を読むのことが私のささやかな幸せだった。炭治郎の手紙はいつだって、“風邪は引いていないか”や、“体調は崩していないか”など、私の身を案じるものばかりで、この人は出会った時から自分のことより他人のことばかりだったな、と懐かしく感じるのだ。
春は炭治郎の好きな料理を沢山詰めたお弁当を持って、桜の下でお花見をしよう。夏は海を見に行こう。初めて海を見た炭治郎はきっとその瞳をキラキラと輝かせて、綺麗だと言うのでしょう。秋は、家の周りが紅く染まった木々で溢れると聞いたので、落ち葉を掻き集めて、焼き芋でもしてみましょうか。そして、冬は一緒に年越しをして、また揃って新しい年を迎えれたね、と二人笑い合いましょう。その前に、そちらへ着いたら一番初めに炭治郎の家族に挨拶をして、子猫の名前を考えないといけませんね。どんな小さなことでも炭治郎となら、幸せを感じるのでしょう。
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停車音を大きく辺りへと響かせて、列車が停止した。目的地である終着駅へと到着したことを告げる車掌さんの声が聞こえる。人々が荷物棚から鞄を下ろし、列車の外へと繋がる扉を潜り抜けていく。私もそれに倣うように列車を降りた。視界の端に見知った赤色が映り込んだかと思うと、愛しいあの人が大きく手を振って、こちらに駆けてくる姿が見えた。
「おかえり」
一年前、桜が蕾を開く少し前のこの季節に、“またね”を告げた時よりも、背は大きくなり、元々整っていた輪郭もあどけなさが抜けている。あれから何度か顔合わせることはあったけれど、こうして改めて見つめると、男の子の成長はとてつもなく早いのだと実感する。
「ただいま」
炭治郎に倣って口に出した言葉が慣れずにまだくすぐったい。これから私の帰る場所は目の前の大好きな人がいる場所で、「ただいま」と「おかえり」を当たり前に言い合える関係になるのだ、と堪らなく嬉しくなる。
目の前で大きく広げられた腕に、どうぞと言われているような気がして、胸の中へ飛び込んだ。お日様のように温かい彼の体温に包まれた。
「随分待たせちゃって御免なさい」
「寂しくなかったと言ったら嘘になるけど、離れていた分も愛してみせるよ」
拝啓、愛しい人
病める時も健やかなる時も、これからはずっと一緒に生きていきましょう。
fin. (200616-200626)