ティンキャンテレフォンが鳴る

名前ちゃん、お元気でしょうか。名前ちゃんがいる空の上、そちらはどんなところなんだろうか。寒くはないだろうか、風邪など引いていないだろうか。天国と呼ばれるくらいなんだから、きっと明るくて、暖かい、穏やかな場所なんだろうね。神様が本当にいるのか、もし見かけたら、こっそり俺に教えてくれ。

そういえば、つい最近、竈門家に小さな家族がひとり増えたんだよ。君に似て、綺麗な黒髪の女の子で、笑うと頬にできる小さな模様がそっくりなんだ。ひなたちゃんが『たんじろうくん』と、俺の名前を呼ぶたびに、同じように俺の名前を呼んでくれた君のことを、俺は思い出すんだ。

*   *   *

あれから俺たちが家へ帰ると、禰豆子たちは快くひなたちゃんを迎え入れてくれた。どうやら善逸だけでなく、禰豆子と伊之助もひなたちゃんと知り合いだったようで、俺だけ仲間外れにされていたことを知り、少し不服に感じて口を尖らせる。ひなたちゃんと一緒に暮らすことになって、もともと賑やかだった家の中が更に賑やかになった。伊之助は、新しい子分が出来たのだと、ひなたちゃんを肩に乗せては外に連れ出して遊んでくれている。善逸は、ひなたちゃんとごっこ遊びを一緒にしてくれたり、最近では花札を教えてくれたりしているんだ。禰豆子は唯一の女の子同士だということもあり、ひなたちゃんの髪を結ってあげたりと二人とも楽しそうにしている。そんなふうに人気者のひなたちゃんは、まるで家のアイドルみたいだ。

「ただいまー」

その日、いつものように山を下りて町へと炭を売りに行っていた俺は、行きの往路では溢れそうな程あった籠の中の炭をすべて売り切ると、足早に家路へと足を進める。予定よりも少し早く帰れたな、と思いながら玄関の戸を開けた俺だったが、家の中からはいつもの賑やかな声は聞こえない。特に出掛ける予定も聞いていなかったので、禰豆子たちは近くの山に夕餉の山菜でも取りにいっているのだろう。おそらく、ひなたちゃんも一緒だと思う。俺は背中に背負っていた空っぽになった籠を肩から下ろして、草履を脱ぐ。

家の中に入ってすぐ、いつもと異なる違和感に気付いた俺はふと視線を下げる。数センチだけ開いている部屋の襖の隙間から細い糸が伸びていて、その終着点に手のひらで掴めるくらいの大きさの小さな丸い筒が畳の上に転がっていた。近年、この国でも普及してきた電話を真似たそれは、“糸でんわ”といって、小さい子達の間で遊びの一環として流行っているのだという。俺は畳に転がっているその小さな筒を拾って自分の耳にそれを押し当てる。

「もしもーし!たんじろうくんですかー?」

襖の向こう側にある部屋で、俺が耳に当てている“糸でんわ”のその対を小さな口に当てて話しているひなたちゃんの姿を想像しただけで、自然と笑みが溢れてにこにこしてしまう。

「たんじろうだよー!ひなたちゃんですかー?」
「ひなたですよー!」

俺が帰ってくるまで、こうして隣の部屋で隠れて待ってくれていたのかと思うと、なんて可愛いんだと、今すぐ襖を開いて我が子を抱きしめたい衝動に駆られてしまう。きっと、俺は親馬鹿だと言われても否定できないだろう。

「たんじろうくん、きょうのごはんはなんですかー?」
「今日はひなたちゃんの大好きなお魚だ!たんじろうくんが美味しくなるように焼いてあげるよ」

次に返ってくるひなたちゃんからの返事を聞く為、糸でんわを口元から耳へと持ち替えたが、どうしたのだろうか、何も聞こえてこない。返事が返ってこないなぁ、と思っていると目の前の襖が勢い良く開いて、ひなたちゃんがこちらへ飛び出してきた。慌てて俺はその小さな身体を受け止める。反動で後ろに倒れこみそうになったけれど、ギリギリのところで体制を持ち直し、自分の胡座の中にすっぽりとひなたちゃんの身体を収めた。

「えへへ!たんじろうくんのやいたおさかなだいすき!」

ひなたちゃんはそう言って、目の前にある俺の首に腕を回して抱きついてくると、『あっ!』と何かを思い出したかのように声を出した。俺は不思議に思って首を傾ける。

「たんじろうくん、おかえりなさい!」
「ただいま、ひなたちゃん」

誰かがこうして家で帰りを待ってくれていることの幸せを、改めて感じた穏やかな午後だった。

(20200730)




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -