とある友人の考察

俺、我妻善逸は思った。
───最近、炭治郎の様子が可笑しい。


「うぉーー!カステラだ!」
「こ、高級品だぞ!善逸!!」

目の前の黄色く鮮やかな断面と表面の焼き色の美しいコントラストに二人して息を飲む。

炭治郎との合同任務で、鬼に襲われそうになっていたところを助けた身分の高そうな老人に、是非御礼にと、俺たち二人の目の前にはカステラを乗せた皿が差し出された。この時代ではまだ卵や砂糖が手に入りにくい為、洋菓子はまだまだ高級品で、上流階級の人たち以外は滅多に食べれない。『有り難く頂きます』と手を合わせてから、俺は目の前のカステラをじっくりと味わいながらり口に運んでいく。

横にいる炭治郎も『うわー!美味しいなぁ!ふわふわだ!』と目をキラキラさせながら頬張っていた。以前に列車を目の前にした時には伊之助と一緒に『土地の守り神だ!』と騒いでいたりと、幼い頃から山で生活していた所為なのか、普段は落ち着いているのに近代的なものに目を輝かせる炭治郎はそれはもう面白い。

そんな先程の言葉とは裏腹に、炭治郎は二切れあるカステラの一切れだけ食べるとパタリとその手を止める。『そうだ』と、独り言を溢したかと思うと何かを決心したのか、残った一切れを白い手拭いに包んで自身の懐に納めた。それを見て、最初は何処ぞの野良猫でも飼い馴らしているんじゃないか、と思案していたが、どうやら違うらしい。

炭治郎のこの様な奇妙な行動は今日に始まった訳でない。最近の炭治郎はとことん付き合いが悪いのだ。任務が終わってから、ご飯でもと俺が誘っても『これから用があるんだ、すまない』と断られるし、軽い怪我であれば蝶屋敷へ行かず『善逸!また今度!』と、ひらひらと手を振って、何処かへ行ってしまう。

「善逸!じゃあまた今度!」

そう言って今日も同じ台詞を繰り返し、俺とは反対方向へ歩き出す炭治郎。『今日の俺は一味違うんだぞ』と俺、我妻善逸は炭治郎と、奴の懐に納められたカステラの行方を追跡する事にした。



背後からあとを付けて暫くすると、ひとつの大きな屋敷の前で炭治郎は足を止めた。其処には大きな藤の花の家紋が掲げられている。

───藤の花の家紋の屋敷?

不意に炭治郎が振り返りそうになったので、俺は咄嗟に近くの建物の裏へ隠れたが、どうやら遅かった。何故なら隠れた建物の裏からひょっこりと炭治郎が顔を出して俺の抵抗は無意味に終わったしまったからだ。

「ずっと善逸の匂いが後ろからしてたんだ!」
「なっ、」

『俺は他人より鼻が利くからな』そう言ってへへへっと鼻をかきながら笑う炭治郎に俺は仕舞った、と思い『気付いてたなら声ぐらい掛けろよな』と言って肩を落とした。

「で、どうしたんだよ、藤の花の家紋の屋敷になんて来て」
「俺の友人が住んでいるんだよ」

そう言って炭治郎はニッコリと笑ってみせる。『善逸も会うといいよ、きっと仲良くなれる』俺の腕を掴むと、再び藤の花の家紋の屋敷の方へ足を進めた。



「俺の友人の名前だ」
「初めまして、苗字名前です」

そう言って目の前の女の子は畳の上に敷かれた布団から上半身だけ起こして自己紹介を始める。彼女の第一印象は小柄で黒髪の似合う瞳が綺麗な女の子だと思った。炭治郎が目の前の女の子、名前ちゃんに俺の事をペラペラと説明してくれてるようだが、すべて右から左へと俺の耳を通り抜けていく。炭治郎が友達だって言うから、勝手に男かと思って油断していた、女の子じゃんか…!

「炭治郎さんから善逸さんのお話は予々聞いていたのですが、まさか本当に会えるなんてびっくり!」

俺もこんなに可愛い女の子が目の前に現れてびっくり!

───じゃなくて、

女の子を目の前にしてヘロヘロしていた自分の頭をふるふると振って邪念を払拭する。『た、炭治郎…!』俺は炭治郎の肩を強く掴んでニコニコと微笑む彼女に背を向け、遠ざかるように後ろを向く。口もとに手を当てて、ヒソヒソと炭治郎へ話しかけた。

「おまっ、炭治郎…女の子だったら先に言えよな…!」
「はははは、善逸は本当に女子が好きだなぁ」
「なんで禰豆子ちゃんといい、炭治郎の周りにばっかり可愛い女の子が集まるんだよ〜〜〜!不公平だ〜〜〜!!!」

両肩を掴んで、これでもかというくらいに目の前の炭治郎の身体を前後に揺さぶる。尚も、はははは、と笑い続ける炭治郎。

「でも名前は俺の大事な友人だから、手を出したら駄目だぞ?」

俺はピタリと一瞬固まってしまった。目の前の炭治郎はいつものように笑ってるけれど、確かに一瞬、炭治郎から何かがゴロゴロと渦巻くような音がした。この音を俺は知っている。これは嫉妬の音だ。炭治郎は鼻がよく利くけど、俺は耳が他人よりも利くんだからな。

「もー、そうやって男の子は内緒話して…!」

『ごめんごめん、何でも無いよ』と、俺が掴んでいた手からするりと抜けると炭治郎は名前ちゃんの元へ戻って行った。

「そうだ名前、今日、鬼から助けた御礼にカステラを貰ったんだよ」

そう言って炭治郎は懐から先程の白い手拭いを出して、彼女の目の前でそっと包みを開けた。『名前にも食べさせてやりたいと思って一切れだけ残してたんだ』と言って彼女に差し出す。すると彼女はより一層に、その透明な瞳をキラキラと輝かせた。

「美味しいー!有難う、炭治郎さん」

美味しそうにカステラを頬張る彼女を見つめる炭治郎の表情は、それはもう、今まで見た事もない様な、何とも穏やかで満足そうな顔をしていた。そして先程のゴロゴロした渦を巻く様な音は消え、炭治郎からは酷く優しい音がする。この音は友達としての信頼の鼓動というよりも、強くて優しい想いやりの音だ。それに気付いてしまった俺はしばらく口を開け、二人を見ながらそのまま立ち尽くしてしまった。そうだ、これは人が誰かを愛おしいと思う、恋をしている時の音だ。

「炭治郎に、春が、来た…」

あの頭の固い炭治郎だから、きっとまだ自分の気持ちにも気付いてはいないんだろうけど。

そして、俺には分かっているよ。この子、名前ちゃんは、心臓が弱いんだ。人間には人それぞれに鼓動の音がある。早かったり、ゆっくりだったり、燃えるように激しかったり、川の流れのように穏やかだったり。しかし目の前で笑う彼女から聞こえる鼓動はどうだ?明らかに他の人よりもその音はうんと小さい。人間には寿命があるけど、たぶん彼女、そう長くは生きれないんだろう。

「炭治郎、頑張れよ…」

そう誰かに話し掛けるでも無く独りでに呟くと、俺は友人の恋が実ればいいなと思った。

「善逸?何か言ったか?」
「いいや!何でもない!」

そう返事をすると、俺は二人の方へ近付いた。本当は名前ちゃんからも炭治郎からするのと同じような想いやりの音が微かに聞こえるけど、何だか悔しいので、炭治郎本人にはまだ告げない事にする。


(20200512)

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