もうひとつのぼくのゆめ

「まぁ!炭治郎さんいらしてたのね!」

そう言って彼女は今日も笑顔で俺を迎えてくれた。あの日に名前と出逢ってからというもの、俺は任務の合間を見て、こうして名前の居る藤の花の屋敷に来ることが多くなった。

『今日は何のお話をしてくれるんですか?』そう言って出逢った時と同じように瞳を輝かせている名前の横に腰を下ろし、前回に屋敷を後にしてから起こった事や任務で訪れた町の事を彼女に話し始めるのも恒例となってきた。色んな事を彼女に話すものだから、最近は、何を話して何を話してないのか分からなくなってきた俺だけど、『炭治郎さん、その話は3回目です』とクスクス笑いながらも、彼女は決まって最後まで俺の話を聞いてくれる。

あの日から変わった事と言えば、鬼殺隊隊士としてではなく、竈門炭治郎という1人の彼女の友人として屋敷を訪れるようになった俺の存在が彼女は勿論、名前の父親であるご主人と、お手伝いのトメさんにも公認になった事だ。そして任務が終わって屋敷に立ち寄る事が頻繁になった俺に、相も変わらず、美味しい食事から風呂や寝床までと、いつも温かくもてなしてくれるのだから、この苗字の屋敷の人たちには本当に頭が上がらない。

先日も名前を訪ねてきた俺が屋敷を後にしようとした時に『炭治郎くん』と、呼び止める声がして振り返ると、其処には名前の父親が立っていた。俺は久方振りにご挨拶をすると『炭治郎くんが来るようになってから、名前が前よりも元気そうに見えるよ』と言われて嬉しくなった。そのあとに『炭治郎くんが帰った後は、いつも君の話ばかり私にするんだよ』なんて言われた時は、なんだか小っ恥ずかしくなってしまった。

そして、苗字の屋敷に来るようになって分かった事がある。名前の体調だ。彼女の体調の善し悪しは、日によって異なる事。季節の変わり目やその日の天気までもが、彼女の体調へと影響する。布団から出て屋敷の中を出歩き回るなんて日は珍しく、俺が彼女にこの屋敷の庭で出逢ったあの日は、本当に調子が良かったらしい。彼女が冷たい池の水に足を突っ込んでみたかった、という気持ちも今となっては分からなくてもない。今日は可もなく不可もなくという感じなのだろうか、布団から上半身だけ身体を起こして、ニコニコと楽しそうにしているように見える。

「そうだなぁ、今日は善逸と伊之助の話をしよう!」
「まぁ!私、善逸さんと伊之助さんのお話面白くってだぁいすき!」

善逸と伊之助の名前を言った瞬間に、彼女が一段と目を輝かせて手を合わせてそう言ったものだから、自分から二人の名前を口にしておきながら、思わずムッとなってしまった。このモヤモヤとしたぐるぐる渦巻く感情は何なんだ?と思いながらも俺は話を続けた。善逸の伝達鴉である雀のチュン太郎に最近彼女が出来たらしいという事や、伊之助が天ぷらにハマっていて隣町の定食屋へ共に食べに行ってすごく美味しかった、そんな他愛も無いような話を今日も沢山した。彼女はいつものように大きく頷きながら、楽しそうに話を聞いてくれた。

話し込んでいる内に、俺が屋敷に来た頃はまだ明るかった外の景色も一転して、日が沈み始める。これから夜が深くなってくるだろうという頃合いをみて、俺は話を切り出した。

「今日は名前に会ってほしい人がひとりいるんだ」

『どなたか一緒にいらっしゃったの?』そう言って彼女は首を傾げた。そういえば、幼子のように首を傾げるのも彼女の癖のひとつだと最近知った。日が落ちて来たので、もうそろそろ大丈夫だろう。そう思った俺は背負っていた箱を自身の横、畳の上に優しく置いた。

「禰豆子、もう日は落ちたから大丈夫だぞ、出ておいで」

そう言って箱を撫でてやるとギギッと、音がして独り手に箱の側面にある扉が開いた。禰豆子が外に出てきた。

「俺の妹の禰豆子、仲良くしてやってほしいんだ。」

『禰豆子、俺の友人の名前だよ。』そう言って俺は禰豆子の頭をひと撫でして微笑んだ。ずっと会わせてやりたいと思っていたんだ。
『禰豆子は今は鬼になってしまったけど、俺が必ず人間に戻してやるって決めてるんだ』、彼女であれば、鬼になってしまった禰豆子も受け入れてくれるだろう、という底知れない自信が俺の中にはあった。

「かっ…かっ……」

彼女は下を向いてブルブルと震えている。やっぱり鬼は怖かったか…?禰豆子は今は鬼だけど人を守る優しい鬼なんだ、きっと説明したら名前は解ってくれるはずだ。『名前、だいじょ…』大丈夫か、なんて最後まで口にする間も無く俺の心配は、彼女の声によって遮られた。

「かわいい〜〜〜〜!!!!」

そう言って禰豆子を抱きしめる彼女。禰豆子も突然の抱擁に驚いたのか、目を丸して固まっていたが、暫くすると名前の頭をよしよしと撫で始める。
名前を家族だと認識してくれた禰豆子も、禰豆子を抱きしめてくれた名前も、どちらも嬉しくて思わずホロリと涙が出た。長男は泣いてはいけないと相場が決まっているが、嬉し涙を流す事は、どうか今日だけ見逃してほしい。

「お、おれも混ぜてくれ〜〜!!」

そう言って上から被さるようにして、二人の小さな身体を抱きしめた。俺には最近出来た夢があるんだ。禰豆子と名前と俺の三人で、昔母さんに見せてもらった故郷の山の中にあるあの綺麗な花畑の中をお日様が差し込んだ、日の光の下で歩くこと。

『あらあら、皆さん仲良しですわね』そう言って、フフフと笑みをこぼしながらトメさんが横を通った気がした。


(20200508)

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