郷愁の童歌

───どうかこの人が次に生まれ変わったら鬼になんてなりませんように

鬼の頚を切った日輪刀を鞘に収めてから顔の前で掌を合わせて小さく一礼をする。

ある町で夜な夜な年端もいかないような小さな子供ばかりが消えるという物騒な噂があると鎹鴉からの通達があった。町を訪れた俺が微かな血の匂を辿ってみれば、町の外れにある廃寺で鬼が攫った子供を食い荒らしていた。俺が駆け付けた時には息をしている子供は誰一人として残っては居なかった。
嗚呼、また助けられなかった。頸を切った鬼からは、まだ両手で数えられる程度の人間しか食っていないように感じたが、それでも沢山の命が奪われた事には変わりはない。

鬼殺隊では数人の隊士で隊を形成して任務にあたる事があるが、まだ人を数える程しか食っていないような異能の鬼でなければ、隊を形成せずに単独での任務が下される。己が知らぬ間に階級が上がっていたからなのか、近頃はこの様な単独任務も増えてきたように感じる。
暫くすると気が抜けた反動で、ドッと疲労感に襲われた。毎回そうなのだが、任務と任務の間隔が余りにも短く、前回からの任務の疲労のまま戦った所為なのか身体の至る所が悲鳴を上げていた。まだまだ軟弱で鍛錬が足りないんだ、と自分を戒めた。

「ココカラヒガシノサキニフジノハナノカモンノヤシキ───」

何処からともなく飛んできた鎹鴉が俺の左肩に止まったかと思うと、自身の大きな羽をそれはもう派手に動かして他人の肩の上で勝手に暴れ始めた。

「タンジロウキュウソク─── ッ!キュウソク───!!!」
「うわっ、分かった!分かったから静かにするんだー!」

思ったよりも早く任務が片付いた為、まだ時刻は夜明け前である。周りの家はまだ寝静まっている家も多い。どのくらい歩いたかは分からないが目の前に大きな藤の花の家紋が見えた。おそらく鴉が言っていた屋敷はここで間違いないだろう。

『禰豆子も箱の中で疲れたろう』、そう呟いて、自身で背負っている箱をそっと撫でると、俺は屋敷へと足を運んだ。


▽ 


「ここも大きなお屋敷だな」

鬼殺隊になってから度々各地の藤の花の家紋の屋敷に訪れる事はあるが、目の前の屋敷は今まで訪れた中でも一番といってもいいくらいの大きさだ。そんな立派な屋敷の門を叩いた。

「御免下さい。鬼殺隊隊士階級丙、竈門炭治郎と申します。夜明け前に申し訳ないが、休息を取らせてはくれないだろうか。」

しばらくすると立派な長屋門がギギギッ…と音を立て、扉が開いたかと思うと、少し年老いた優しそうな女性が出迎えてくれた。

「鬼殺の剣士様ですね、お待ちしておりました。旦那様から貴方様を通すように言われております。どうぞ中へ」

そう言って女性は俺を自身の屋敷の中に招き入れた。

藤の花の家紋の屋敷の家、この家の祖先の人が昔、鬼に狙われた時に鬼殺隊に助けられたらしい。それ以来、鬼殺隊であれば誰でも食事や寝床をこうして無償で提供してくれる。俺たちのように家が無いような隊士からすると有り難い場所だ。『すぐに風呂を沸かしますので、それまでこちらでお休みください』、と言って初老の女性は広間のような大きな部屋に通してくれた。屋敷に入る前にも感じたが、建物の中もそれは立派な造りをしており何処かの大きな武家のお屋敷みたいだ。広間に通される途中に庭なのだろう、大きな池があるのも見えた。こんな夜明け前の時間に訪ねるのは申し訳ないとは思いながらも、身体は正直に疲れを訴えている為、ここは有り難く休ませてもらおう。そうしてお風呂を頂いた俺の目の前には御膳が並べられている。久しぶりのちゃんとした食事を前にして俺は半分泣きそうである。



「少しは戦いの傷が癒えましたでしょうか?」

そう言って部屋に入ってきたのは優しそうな顔をした男性だった。この家のご主人だろうか?きっと俺の父さんが生きていたら同じぐらいの年になるだろう。

「夜明け前に失礼仕ります。俺は鬼殺隊隊士の竈門炭治郎と申します。」

手に持っていた箸を置き、御膳の横に姿勢を正して座り直し、目の前の男の人に挨拶をした。

「初めまして、竈門炭治郎くん。私はこの屋敷の持ち主の者です。こちらが好きでお世話しているようなものなので、どうかお気になさらないでください。それに君のようなまだ小さな子供も鬼殺の剣士として鬼を退治してくれているのかと思うと尽くしてやりたくてね。」

屋敷の主人だという人は隣の襖を見つめながらそう言ったのを俺は見逃さなかった。先程よりも更に一層優しい目をしていた。

「向こうの部屋に布団を敷くように頼んだので食事が終わったらゆっくりお休みなさい。身体が休まるまで屋敷に居てくれて構わないよ」

食事を終えた後は先程の初老の女の人に布団が用意された奥にある部屋に案内してもらった。禰豆子が入っている箱を部屋の端に静かに置いて俺は布団に入って瞼を閉じた。



蝶々蝶々───菜ノ葉二止マレ───

「おかあさん、おかあさん、それはなんていうおうたなの?」
「炭治郎、これはちょうちょさんが綺麗なお花の周りをヒラヒラと羽を羽ばたかせて飛びまわるお歌なのよ」
「へー!きれいだね!」

幼い時の記憶、小さな俺の手を握って母さんが歌ってくれた歌だった。


─────


「ゆめ、か……」

懐かしい夢を見た。まだ弟たちが生まれてなかった時、母さんに手を引かれて連れて行ってもらった花畑、幼いながらも初めてこんなにも綺麗な世界がある事を教えてもらった大切な記憶だった。

《蝶々蝶々───菜ノ葉二止マレ───》

夢の中と同じ歌が襖の向こう側から微かに聞こえる、母さんじゃなくて知らない女の子の声がする。

《菜ノ葉二飽イタラ 桜二止マレ───》

重たい身体を引き摺って俺は部屋から縁側に繋がっている襖を開けた。いつの間にか日は昇っていたようで、急に入ってきた日の光に目眩がしそうになったが、目を凝らしてみると、視界の先には俺と同じくらいの年頃の女の子が大きな池の周りの岩に腰を下ろしながら水に足首まで浸して両足を小さくバタバタさせながらその歌を歌っていた。
太陽の光が池の水面に反射して光の粒の中にいる彼女の姿は、まるで絵画を切り取ったかのようだった。その光景に見惚れてその場に立ち尽くしていた俺に気付いた彼女の双眸が、俺の瞳を捉えた瞬間、時間が止まってしまったようだった。

まるで俺とは住んでいる世界が違うのかと錯覚してしまうくらい、透き通るような瞳をしている彼女を綺麗だ、と思った。


(20200507)

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