せっかくの親子水入らずだったところへ現れた若草色の彼女に間髪入れずに螢は不平不満を口に出してぷぅ、と膨れた。
螢以外のこの家の住人たちには、名前がない。よって螢は白髪の彼女以外の者を「赤」「金」「緑」と見た目のままで呼ぶ。
どうやら少し機嫌を悪くしてしまった螢のそれに片手をひらひらと振りながら若草色の彼女は軽く笑って済ませた。
「あはははは。良いですよ良いですよ。おばあちゃんとふたりが良かったですもんね、螢ちゃんは。………でも金のお兄さんがお昼ご飯が出来たよ、って言っていたので呼びに来ました」
しゃきんっ、と軍人の如く指先をぴんと伸ばし、右手を額に当て冗談混じりにそう笑った若草色の彼女の言葉でもうお昼か、と言うことを白髪の彼女は思い出す。
三食はきちんと食べなければならない。うむ。これ絶対。
ぴと、と全力で甘えていた螢をそのまま抱きかかえ、白髪の彼女は立ち上がる。
長い髪は太ももに当たって揺れ、若草色の彼女の傍まで歩いた。………若草色の彼女の方が、白髪の彼女よりも若干………本当に少しだけ背が高い。
確か百四十八……くらいだったか。……自分の身長が恐ろしくて計る気なんてとてもではないが起きない。
腕の中にいる螢が纏う、薄紫色の肩掛けが少し揺れ、ずり落ちそうになるが、ごく自然な動作で螢はそれを直した。
紫色の瞳がむぅ……と思案するかのように細められる。
まだ若干拗ねたような表情ではあるが、しかし三食食べるのは大事だと言うことも、螢は知っている。
だから大人しく母である白髪の彼女に抱かれたままなのだろう。
くすくす、と少女のように笑う若草色の彼女は「先に行ってますね」と白髪の彼女よりも更に長い、踵辺りまである真っ直ぐな緑の髪を揺らして駆けていった。
「螢」
「……はい、我が母」
「今日のお昼は冷やし中華らしい」
「……美味しそうです」
うむ、と笑いかけると、つい先ほどまで不機嫌だった顔はほわんと潤い笑顔になった。
そうっとそうっと流れる時間。
『どこかの世界たち』ではもしかしたら叶っていない、この平穏な世界。
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