君がいなくなったのもこんな雨の日だったんだろう。


肌寒さで目が覚めた。イタリアに比べればかなり暖かい方ではあるが、夏の手前の最後の涼しさだろうか。
髪をかきあげながら窓を見るとこの時間にしては薄暗く、ぼたぼたと大粒の雨が落ちている。そういえば昨日のニュースで梅雨入りのことを言っていた気がする。くせっ毛の私には大敵な時期への突入なわけだ。梅雨なんて大嫌いだと言う私の髪を撫でて、キザなセリフを言っていた彼をふと思い出したりする。湿気にも負けずサラッサラのストレートヘアで「ふわふわしてかわいいじゃねぇか、お前が好きになるまでオレがずっと好きでいてやる」とかなんとか言ってやがった。くっさいセリフだし、そんなことで私の髪がまっすぐになるわけでもあるまいし。それでも、いまこの跳ねに跳ねた髪を撫でる手を、どこかで求めてしまっているのはきっと彼のせいなのだろう。

二回くらいあくびをしてベッドから出る。今日は久しぶりのお休みだし、物欲でも満たしに行こうか。お気に入りの店がある駅まで足をのばしてみようか。そんなことを思いながら冷蔵庫を開けヤクルトを飲み干す。雨は相変わらずザーザー降って、やむ気配は微塵もない。

あぁ、嫌になる。雨が降ると彼を想わずにはいられない。



「えっうそ彼氏出来たの!?」
「まぁね」
「絶対私のが先に出来ると思った」
「はぁ?作る気ないやつがよく言うよ」


遊ぼーと連絡をしてきた友人が私を誘ったわけがよくわかった。これが言いたかっただけだ。お互い彼氏がいない身で暇なときよく遊んでいたのだが、これはもう一人ぼっちを極めるしかないかもしれない。いや、さっさと別れろ。なんだかんだいいつつも、大切な友人に彼氏ができたのは喜ばしいことなんだろう。そんなに悔しくはなかった。


「作る気がないわけじゃなくて、出会いがないの」
「みどりに合コンセッティングしてもらっても作らなかったしあおいに友達紹介してもらったのにダメだったよね」
「それは私が気に入られてないだけでしょ」
「あんたにその気がないから諦めたって聞いたわよ」
「さいですか………」
「引きずってんの」


大胆に聞いてやったぜって顔と聞いてもよかったのかなって顔がまざってる。


「そこまで引きずってるわけじゃないんだけどね、まぁ忘れられはしないかなぁ」
「でも、その人もなまえに幸せになってほしいんじゃないの」
「まぁそりゃそうなんだろうけどね、別に今幸せじゃないわけじゃないし、彼氏がいないからって幸せになれないわけじゃないでしょ?」
「でも幸せな家庭は築けないわよ」
「それね」


雨はまだ降り止まない。雨は嫌い。髪の毛は言うことをきかないし、もう会えない彼のことを忘れなくさせるから。
ガタゴト揺れる電車から外を眺めていた。彼氏が出来た友人は確かに少し幸せそうだった。彼が冷たくなった日に私は不幸になったんだろうか。
危険な仕事をする彼がいつどうなってもおかしくないと理屈ではわかっていたけれど、実際そうなってみるともうどうにもならなくて、彼がくれたネックレスを握りしめたままただ泣いていた。今でもそのネックレスを捨てられないのは、彼のことを引きずっているからだろうか。


『次は〜○○〜』

アナウンスは私を現実に引き戻す。夕飯を作るのはめんどくさいし、コンビニで何かかって帰ろう。そう思いながらふと改札の向こうを見た。

そんなはずない。

背の高い、長い銀髪の後ろ姿。今日が雨だからってそんな夢みたいなこと起こるわけない。
でも日本で、あんな人絶対にいない。急いで改札を抜けようとしたらPASMOにチャージがなくて足止めを食った。ついでに恥もかいた。


無事PASMOをチャージしてご飯も買って家に帰った。紫陽花がポストの横で雨を受けてる。


「ただいま」
「おう、さっきはかっこわるかったなぁ」

もう彼の声は思い出せないと思っていた。夢の中で私を呼ぶ彼の声は聞こえないし、もう彼の声に振り返ることは出来ないんだと思っていた。

冷たい左手が私のくせっ毛を撫でる。知らぬ間に出た涙を手袋で擦られて少し顔をしかめた。


「久しぶりだなぁなまえ」


彼の名前すら呼べずに泣きながら腕に飛び込んだ。





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