菅原中編 | ナノ

「集合ー!」


眠い私は澤村の太い声にびくりとして、急いで走った。ただでさえ普段運動をしているみんなと私とではスピードが違うのに、出遅れたことによってコーチのところに行くのは一番最後になってしまった。


「よぉし、全員いるか?」
「はい!」
「じゃあ今日から泊まり込みてで徹底的にやるぞ!気合いいれてけー」
「「うっす!!お願いしまーす!!!」」


大きく響く声に、またびくっとする。中学のとき、隣で練習してたバスケ部を思い出す。解散、という澤村の一言で一斉に部員が準備を始める。懐かしい。男の子は一人でも軽々とポールを持ち上げるんだなぁとぼんやりした頭で思った。


「なまえ、こちら鵜養コーチ!音駒戦まで俺らの面倒みてくれるんだ」
「あっ清水の代理でお手伝いさせてもらいますみょうじです。ご迷惑おかけしますがよろしくお願いします。」
「おう、こっちこそな。流れ弾は気をつけろよ」
「はい!」


いつのまにかネットは張り終わっていた。うわぁ懐かしい。体育のバレーでは感じられない、なんだろうこのバレー部の雰囲気。


「おっしゃあーやるぞ!!!」
「なんでいちいちテンション高いの、子供じゃないんだから。あ、まだ小学生だったけ〜」
「なんだと!?」
「こらこら、お前らー。月島もそんなこというなって、日向もすぐムキにならないの」


あれは確か一年生の月島と日向。二人とも有望株だと言っていた。日向は割と小さいのに、音駒戦も恐らくスタメンなんだろうと。人は見かけによらないものだ。しかし、一年生は一悶着あったらしく、まだまだ噛み合っていないらしい。そこに入り、上手く回そうとしているのが澤村と菅原だと、キヨから聞いてはいたが、なるほどそういうことか。

それにしても菅原はすごいな。気難しそうな月島にもなんだかんだいってたくさん話しかけてチームに和ませようとしている。日向や影山はあからさまに菅原に懐いている。誰彼構わず好かれるあたり、本当にすごいなこの男は。
練習している間中、菅原は周りの空気を悪くしないようにしているし、小競り合いは菅原が処理している。澤村はラスボスなんだろう。


「なまえさ〜ん俺に恵みのウォーターを〜」
「あっずりぃぞ龍!」
「走らなくても!あるから!!体力を!!無駄にしないで!」


普段運動しないわたしには限りある体力でも彼らにはなれたもんなんだろう。走ってきた。


「はい、どうぞ。田中、西谷。」
「あざっす!」
「なまえさんどっすか俺ら!」
「中学でバレーやってたんですよね!どっすか!?」
「いやいや弱小だったからね。でもみんなはすごいね!西谷、ほんとにレシーブすごいし!」
「ありがとうございます!」
「田中もすごいスパイク打つね、ドゴゴっていってたもんね!」


最初強面だったけれどこうして休憩時間に話しかけてくれるとありがたい。彼らの練習風景は激しくてこんなの4日も保つのか?と思うが彼らは随分生き生きしている。


「スガがトスあげてるの久しぶりにみたなぁ」
「? なまえさん、前にもみてるんですか?」
「うん、たまに練習終わるの待ってたことあるから」
「えっじゃあ俺ら会ったことあるんすか!」
「そうだねぇ、すれ違いくらいはしてたかも」
「そうならないように俺が気をつけてたの」
「スガ!」


さっきまで影山君とトスをあげていたと思っていたスガの声が背後からしかも頭上から聞こえてびっくりした。


「おーびっくりした」
「えーなんで会わせてくれなかったんすか美人なのに!」
「だからだろー西谷と田中に取られるのとか嫌だし!」


そんなこと初めて聞いた。いつもヤキモチやくのは私だったし。田中と西谷は、え?というのようにぽかんとしている。澤村が田中と西谷を呼んだので、二人はレシーブの練習にいったが、スガは私の隣に残っている。澤村、なんか仕組んでないかあいつ。


「初耳なんだけど」
「なにが?」
「さっきの」
「あぁ、西谷と田中にとられないようにしてたこと?」


ふふっと菅原が柔く笑う。あの頃と変わらないなぁ。


「だって恥ずかしいじゃん、そんなこというの」
「言ってくれた方が女の子は嬉しいのですよ」
「男の子だってうれしいよ?」
「…さいですか」


ヤキモチなんてやいた度に言ってたらきりがないくらいやいていた。だって菅原モテるし。だから割と頑張って隠してたんだけどどうやらばれていたようだ。人の感情には敏感だからなこいつ。


「……言ったら、」
「ん?」


言ったら、あの時「別れよう」って、言わないでいてくれた?
そんな一言が口を出そうになる。あんなに好きだったのに、菅原は誰にでも優しくてそれを勘違いしない女の子が多いわけがなくて、私はいちいちヤキモチをやいて、それを隠そうとしてあまり話さなかった。菅原はそんな私にも優しくしてくれたけど心のどこかで思っていた。誰にでもいい顔なんかしてって。私にだけ優しくしてくれればいいのにって。


「相変わらず、優しいんだねスガは!後輩にも慕われて!」
「はは!問題児が多いけどな」


突然変わった話題に一瞬戸惑いを見せるも、深くは掘り下げられなかった。バカみたいだ、キヨには引きずってないなんて言っといて。近くにきたら、面白いくらい緊張してる。


「スガのトス、やっぱり優しいね」
「なにそれ」
「なんだろうね、影山のは確かにすごいけどスガのトスのがふんわりしてて好き」
「えっ」
「あ、ごめんなんか、素人目にだから、気にしないで」
「いや、ありがとう、うれしい」


じゃあ練習戻るわ、とタオルとドリンクを床に置いて走り出す。
見送りながら、自分の心臓の音を聞いていた。
頭の中ではスガの「いや、ありがとう、うれしい」がエコーしてその時のはにかむ顔が張り付いて離れない。

スパイクの音、みんなの低い声、コーチの指導の声、それらに包まれた中で、スガのはにかんだ顔が私を熱で浮かせていた。


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