菅原中編 | ナノ

長かった髪を彼女が切ったのは、俺と別れて間もない頃だったとおもう。しんしんと降る雪に埋もれた想いはまだ自分の中でくすぶっていた。自分から別れを告げたくせに女々しいと思った。思い出さないようなるべく視界に入れないようにしていたが、さすがに髪をばっさり切った時は思わず凝視してしまった。肩の上で揺れる髪から覗く首筋がとても寒そうだった。

それからまた何個か季節が過ぎたけど、彼女の髪は短いままだった。清水が黒髪ロングで、二人で並ぶと対照的だったけど、学年ではわりとかわいい二人が並んでいて眼福だと噂だった。ハーフパンツの学校指定ジャージに黒のハイソックス、腕まくりをしてドリンクやタオルの準備に勤しむ彼女から目を離すことは難しかった。
田中や西谷も油断ならない。自分で別れを切り出したくせになんとも未練がましい。しかし、先程の会話はなんだったのだ。そんなことを言われたら、期待してしまう。
「スガのトスは優しいね」
天才と言われる、圧倒的な才能を持つ後輩に恐らくスタメンを取られるだろう俺は、周りにはあまりださないようにしてるけど、心底悔しい。大地と旭に、俺がトスをあげたい。でも実力の差は分かってる。そんな俺のなんともいえないもやもやがその一言で少し救われたような気がした。


「よーし今日はここまで!しっかり食って休めよー」
「ごはん準備してあります!自信ないけどギリ食べられると思いますすいません!!」


っしゃー飯だーと元気よく駆け出すバカ四人組の後からでろでろになってる山口と月島が歩く。山口にしっかりしろーと声を掛けながらなまえの手料理を食べられるとテンションがだだあがりだった。

用意されてたのはカレーライス。なんだか合宿ぽいなぁと思う。そうえば清水もいつも作っていた。


「おかわりあります!」
「「いただきます!!!!」」


ガツガツ食べ始める部員たちに少し驚いているようだったが、すぐにおかわり!!!と、なまえのもとに駆け寄る日向からお皿を受け取って嬉しそうに笑った。そのときのかわいさといったら。本当に他の奴らには見せたくなかった。


「俺もおかわり」
「スガにはあんまりおいしくないでしょ」
「なんで?うまいよ?」
「辛くないやつだから、これ」
「別に辛くないとうまくない訳じゃないぞ、俺。なまえが作ってくれたもんならなんでもうまいべ」
「いやいや私そんなに料理うまくないから」
「俺にとってはってこと」


わ、わりと頑張った返事をしてしまった。攻めたよ俺!大地と旭がうんうんと頷き、田中と西谷はぽかんとしている。肝心のなまえは、


「よく言うよー」


流された。そんなあっさり。
あの時なまえは俺のことを好きだといった。いつまでも俺のことを思ってくれているなんてバカな妄想をしていたわけじゃないけれど、こうもあっさりしてると正直凹む。


「……よく言うよ、ほんと」
「なまえ、」
「んじゃ三年から風呂はいれー」


コーチ空気読んで!!!!
こころの中で叫びながら重い足を引きずって湯船に向かった。



汗を洗い流して、タオルを首に廊下を歩いた。大地は明日の練習についてコーチとミーティング、旭は後からきた西谷に捕まってたから置いてきた。
水でも飲もうと食堂に寄ると、洗い物をするなまえがいた。


「なまえ、手伝おうか」
「おースガ、お風呂よかった?」
「うん、なに?これ拭けばいい?」
「えっいいよ、疲れてるんだし早く寝な」
「平気平気」
「…相変わらず優しいね、誰にでも」
「なまえには特別優しいつもりでいるけど」


先程と同じように言葉をかけたが、なまえの反応は少し違っていた。さっきのようなふざけているトーンではなく、静かで少し冷たい。


「本気で言ってるの?」
「え?」
「からかってるの?私のこと。私のこと振ったの、スガ、あんただよ」


返す言葉が見つからない。あの時散々傷つけて、あんな笑い方はもうさせないと思ったのに、また俺は間違ったのだろうか。


「私の反応見て面白がってるの?私、あの時別れたいなんて、思ってなかったんだよ」
「なまえ、違う、俺、」
「出てって」
「なまえ、」
「スガが出てかないなら、私がでてく」


いつの間にか洗い終わっていた最後の食器を濯いで、なまえは静かに俺の前を通り過ぎる。泣いてた。あの日、雪が奪った温もりを掴みそうになったと、そう思ったのに、また、自ら捨ててしまった。

雪などない5月の夜に、彼女の涙が空から落ちて、眠れない俺はその音を夜中聞いていた。






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