22

スクアーロさんが鮫に食べられたという事実を受け入れるのは辛かった。彼が私に言った言葉を心の中で反芻しては苦しくなった。何をする気にもならなかったから、ただ部屋の隅で座ったり寝転んだりしながらスクアーロさんのことを考えた。

考えているうちにスクアーロさんが負けてよかったんじゃないかと思い始めた。スクアーロさんが勝ったらおそらく山本の命はなかった。山本は勝ってもスクアーロさんを殺さないから。

でも。彼は自らサメに食べられることを選んで。私を攫うって言ったくせに。どうして生きてくれなかったの。思ったら涙が出てきて、止まらなくなった。待ってたのよ、あなたが私を攫いに来るのを。攫ってほしいと思ったの。それなのに、


「姉貴。」

「っ、りょ…へい…」

「霧戦と雲戦、勝ったぞ。」

「…そう、よかった。」

「あね、」

「了平、スクアーロさんは…なんでもない。散歩、してくる。」

「姉貴!」

「ん?」

「いや…気を、つけろよ。」

「うん。」


そういえば一昨日から外に出てなかったのか。太陽がまぶしい。大雑把に縛ったポニーテールがばさばさと揺れる。スクアーロさんの髪はもっときれいに揺れるだろうに。

青い空を見てはスクアーロさんの瞳を思い出し、羽搏く鳥を目で追っては彼の声が耳に響いた。

辿り着いたのはあのベンチで、そこには誰も座っていなかった。自販機でレモンティーを買ってベンチの左側に腰をおろす。空白の右側を少しだけ狭めて彼に寄り添った気になった。

レモンティーのフタを開けたら何故か少量飛び散って、私の服を汚した。慌ててポケットに手を入れると中にはサメの刺繍入りのかわいらしいハンカチが一枚あった。取り出して飛び散ったレモンティーを叩くように拭う。


「また、汚しちゃいました。」

「洗って…返すっていつも持ってるのに、なんでいつまでも返せないんでしょうね。」


いつしかそれがうれしくなった。ハンカチを持っていればそれを口実にまたあなたに会えるから。


「私、まだハンカチ、返してません。」


私、借りは返さないと嫌なタイプなんです。


「…また会えますね。」


出てきた涙を止める術を知らない。きっと止める必要もないのだろう。

ここで泣いたらもう泣くまい。彼は生きている。今そう信じる決心がついた。私はこのハンカチを返すために彼の帰りをひたすら待とう。



君のことを想って泣くのはもうごめんだ













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